コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
山下説は蜃気楼―その1

 政局が混沌としている中で、今週は閑話休題。山下一仁氏の貿易自由化論、ことにコメの輸入自由化論を取り上げて検討しよう。これは、不確かな資料を、不適切に使って作り上げた虚構である。
 砂上の楼閣と評してもいいが、正確にいえば、砂上でもないし、楼閣でもない。根拠になる資料を明示しないで作った虚像だし、決して美しい楼閣でもない。氏は遥か遠くの海上にみえる幻の蜃気楼を見ているのだろう。氏には美しく見えるのだろうが、農業者には醜悪な蜃気楼にしか見えない。やがて跡かたもなく消え去るだろう。
 無視してもいいが、この説を、マスコミなどが無批判に取り上げているので、影響は小さくない。あらためて批判しよう。

 氏が主張するコメの輸入自由化論の骨子をみてみよう。
 輸入米の価格は国産米の価格と大差ない。つまり、内外価格差は小さい。だから、輸入を自由化しても、影響は小さい。この小さい影響は、国産米と輸入米の価格の差を、政府が補助すれば、全く無くすことができる、補助のための財政負担額も決して多くはないという。
 だが、この内外価格差は小さい、とする推計に致命的な誤りがある。

 氏は、この誤った推計を基礎にして、自由化の推進、TPPへの加盟を主張している。そして、さらに農業経営の大規模化や、コメの輸出産業化さえも主張して妄想をたくましく広げる。それに加えて、農協の改革も主張している。
 ここでは、これらの主張の最も基礎になる、内外価格差は小さいとする推計を、やや詳しく検討しよう。そこに重大な誤りがある。
 誤った基礎の認識の上に立った提言は、全て虚構にしかならない。議論にもならない。

 氏は著書「農協の陰謀」の195ページにある図の中で、中国産の輸入米は60kg当たり9780円で、日本産米は1万2687円だという。だから内外価格差は1.3倍以下だという(194ページ)。確かに割り算すると1.297で、1.3よりも僅かに小さい。
 だが、この最も基礎になる数字を何の資料からとったのか、示していない。たぶん、中国からの輸入米の価格は、SBSの資料からとったものだろう。それ以外に主食用中国米の輸入の事実はないし、したがって資料はない。日本産の米の価格も、どの資料からとったものか明示していない。
 それらを明確に示さないと、氏の主張は全て幻想になる。それほどに重要な数字である。

 その検討をするまえに、極めて初歩的な誤りを指摘しておこう。同図の注でことわっているが、この価格は、日本産は玄米価格で、中国産は精米価格だという。その2つを割り算している。
 この誤りは、小学生でも理解できる。割り算して何倍というなら、単位を統一しなければならない。氏は2メートルを1グラムの2倍だ、といっているのと同じで、ただ呆れるばかりである。
 単位を玄米当たりに統一して、正しく割り算しよう。そうすると、中国産米の玄米価格は、精米歩留まりを常識的に0.9として、9780円掛ける0.9だから8802円になる。だから、内外価格差は1.44倍になる。つまり1.3以下は誤りで、1.3以上が正しい。

 ここで、1.3か1.4か、にこだわるつもりは全くない。ここでは、氏の推計と、したがって、それに基づく主張の粗雑さを批判したい。米を玄米で流通しているのは日本だけで、他の国は精米で流通している実態をもみていないのかもしれない。他は推して知るべしである。
 もう1つ批判したいことは、あるTV局が無批判にこの図を放送していたことである。世に害悪を流している。

 念のため、最新の資料を使って氏がいう内外価格差を推計しておこう。
 日本産米の最近の価格は、農水省の資料でみると、玄米60kg当たりで1万5541円である。一方、SBSによる中国産米の価格は、精米1トン当たり17万5658円で、玄米60kg当たりに換算すると9486円になる。割り算すると内外価格差は1.6倍になる。

 だからといって、内外価格差は1.6倍だ、というつもりもない。これも誤りである。内外価格差の推定にSBSの資料を使ったことに、致命的な誤りがある。このことを言いたい。
 都合のいい資料だけを使う、というのでは研究者ではない。世を惑わす扇動者でしかない。

 そもそも、なぜ内外価格差を推定するのか。それは、輸入を自由化したばあい、日本米にどれほどの価格競争力があるか。そのために内外価格差を推定したいのである。このことを銘記すべきである。
 それを氏はSBSの資料から推定している。ここに致命的な誤りがある。どんなことを主張しても自由だし、意見の違いがあってもいいが、これでは議論にさえならない。
 さて、これからが本論だが、予定した紙数を超えた。続きは明日だが、結論を言っておこう。内外価格差は1.3倍でも1.6倍でもなく、実に5.2倍である。(続く


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(2012.10.29)