居場所と承認【小松泰信・地方の眼力】2022年11月9日
「みんなの夢、背負ってんねん。こんなとこで終わられへん……」と、自らを鼓舞してペダルを踏む主人公。飛行距離3.5㎞、滞空時間10分。なにわバードマンの夏が終わりました。今日(11月9日)のNHK朝ドラ。
「またもやすごいドラマが始まった」のは英国のお話し
NHKといえば、「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」が、次期NHK会長候補に推薦した前川喜平氏(現代教育行政研究会代表)は、東京新聞「本音のコラム」(11月6日付)で、「放送の公共性とは人々に真実を伝えることであって政府に従うことではない。NHK会長の任務は現場の自由を保障することだ。放送のあるべき姿に向けて一石を投じることができるなら望外の喜びである」と記している。
政権与党の広報機関と化しているNHKの現状を変えるためには適任者。前川会長なら、気持ちよく受信料を納めますけど。
「英国の有料テレビチャンネルのスカイ・アトランティックで、またもやすごいドラマが始まった」で始まるのは、ブレイディ・みかこ氏(英国在住のコラムニスト)による「どげんもこげんも UKダイアリー」(西日本新聞11月4日付)。
「最近まで首相だった政治家や閣僚、科学者たちが全員実名で登場し、コロナ対策に右往左往したり、どうしていいのかわからず癇癪(かんしゃく)を起こしたり、失敗して互いに責任をなすりつけ合う姿が赤裸々にドラマ化される状況を。日本ではちょっと考えづらいので、わたしはこういうドラマを見るたびにびっくりしてしまうのだ」としたうえで、このドラマのもっともすばらしいところを例示する。
―たとえば、現場の医療関係者がPPE(ガウンなどの個人防護具)の不足を嘆き、地域の学校の生徒にフェイスシールドを作ってもらってしのいだり、看護師が感染したりしているときに、ジョンソン元首相の妻のキャリーは、宮殿のような首相公式別荘でベビーシャワーのパーティーを開き、友人たちにディナーやシャンパンをふるまっている。この「エスタブリッシュメント」と「庶民」の鮮烈なコントラストは、作り手の無言の主張になっている―
これだけでも彼我の違いに驚くのだが、「それでも左派紙ガーディアンのレビューなどは手厳しく、このドラマは『ジョンソン元首相に好意的すぎる』というのだから、やっぱり英国という国は奥深い」とのこと。
さらに、「1990年代には政治家どころか女王や皇太子まで実名で登場させる人形劇コメディーを制作し、一文なしになった王室一家が公営団地に引っ越すシーンまで地上波で放映していた国」と教えられれば、ただただ恐れ入谷の鬼子母神よ。
「TVで会えない芸人」を支える居場所と承認
10月23日、裸祭りで知られる岡山市西大寺で行われた、松元ヒロ氏(70歳)のソロライブを観た。あっという間の100分間。
ヒロさんは、「テレビで会えない芸人」として知る人ぞ知る存在。テレビで会えない理由は簡単。旺盛なる風刺力を総動員して、愚かな政治家たちの物まねをするなど、テレビ局が嫌がるネタを連発するから。英国とは違うのです。
氏の代名詞ともいえる、自らを日本国憲法に見立てた一人芝居「憲法くん」では、憲法前文や憲法9条条文を暗唱しつつ「こんにちは、憲法です。75歳になりました。私がリストラされるという話がありますが、本当にいいんですか」などと舞台から客に向かって話しかける。アンコールに応えた迫真のパフォーマンスには圧倒された。
46歳からテレビを離れてソロライブを中心に活動するようになった経緯を尋ねられて、「テレビに出たくて芸人になった。最初は『news23』(TBSテレビ)などいろんな番組が呼んでくれた。どんどん出るようになったら、『それはちょっと控えてください......』とか、『政治家の......』といったテレビ局からの重圧とか忖度とかが見えてきて、じゃそれなら最初にやっていたステージに戻ろう。好きなことが言えるなと思って、テレビから距離をおくようになった」と答えている。
支えとなっているのは、「俺は今、テレビに出ている芸人をサラリーマン芸人と呼んでいる。テレビをクビにならないようなことしか言っていない。昔の芸人は、ヒロみたいに、他の人が言えないことを代わりに言ってやるやつが芸人だったんだ。お前を今日から芸人と呼ぶ」と、かの立川談志に認められたこと。
戻る場所と芸を認める人、換言すれば、居場所と承認、このふたつの存在が、芸人松元ヒロを語るうえでは欠かせない。
農ある世界に居場所を創る
居場所と承認という視点は、前回(11月2日付)の当コラムで取り上げた不登校問題の打開策を考えるうえでも欠かせない。
翌3日に「居場所づくり 農の出番」と見出しを付して日本農業新聞の論説も言及した。
JA東京青壮年組織協議会が取り組む不登校の中学生の支援において、「メンバーは農業体験の受け入れや出前授業など、農業を通じて人と関わる楽しさや大切さを伝えている」ことを紹介する。
また、JAの施設を利用して食堂を開設し、子どもたちの居場所をつくる試みとして、JAふくしま未来女性部伊達地区本部の取り組みを紹介している。そこでは、心安らげる空間づくりを目指して、子ども食堂「よりそい食堂」が開設されているとのこと。
「地域に自分の居場所があり、つらい気持ちに寄り添ってくれる大人がいる。JA発の取り組みは、生きづらさをかかえる子どもたちの心に種をまき、農業を大切に思う人づくりにつながっている」と高く評価し、JAの青壮年協や女性部の取り組みを通して子どもたちに居場所を提供することを、「地域に根差した協同組合だからこそできる試み」と位置付け、全国的に展開することを提起している。
自分を守る靴磨き
西日本新聞(11月4日付、夕刊)は、予約が半年待ちの靴磨き店が岐阜県関市にあることを伝えている。店主は市原レオン氏(25歳)。靴磨きを始めたのは中学1年の時。同級生らによるいじめから自分を守ろうと暴力を振るい、さらに孤立。耐えきれず名古屋に向かい、路上で靴を磨く。「靴がきれいになった」と褒められると、「自分が必要とされている」と実感できたとのこと。
高校でパニック障害を引き起こしたが、「靴を磨いている間は心の平穏を取り戻せた」と述懐。23歳で店を構える。
なんと、21年12月からは、「自分のように生きる支えややりたいことを自由に見つけてほしい」との思いから、発達障害のある子どもたちを対象に靴磨き教室を定期的に開催しているそうだ。
この記事に刺激され、久しぶりに靴を三足磨くことに。持ち主同様、くたびれていた靴に、確かに輝きが戻ってきた。
靴は踏みつけられながらも、その歩みをしっかり支えて、「心の平穏を取り戻せ」と語ってくれている。
「地方の眼力」なめんなよ
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