【稲作農家の声】「農協悪者論はトランプの手法と同じ」一気に米増産難しい JAいわて中央・佐々木雅博組合長2025年6月16日
米価が異常な高騰を見せる中で、消費者の負担が増す一方、農家は長い間再生産できない価格での取引を強いられてきた。岩手中央農協の佐々木雅博組合長は、米の流通と農協の本来の役割、安全保障としての食料政策の重要性を強調する。(客員編集委員 先﨑千尋)
岩手中央農協は岩手県のほぼ中央に位置し、西は奥羽山脈、東に北上山系が連なり、中央部を北上川が流れ、肥よくな土地を生かした水田地帯であり、水稲の他、野菜、果樹、畜産などがある。
1999年に第1次合併、2007年に第2次合併。エリアは、玉山地区を除く盛岡市、紫波町、矢巾町。合併前の志和農協は、農基法農政下の1964年から、農家の手取りを増やすために組合員に米+野菜+畜産という複合経営を勧めたことで、全国にその名を轟(とどろ)かせた。昭和後期に山口一門氏が進めた茨城県玉川農協の米プラスアルファ-方式とほぼ同じ考えだ。
同農協の特徴点を挙げると、もち米の生産量が盛んで、品種はヒメノモチなど。生産量は8000t。小麦も県内一の作付面積を誇る。ズッキーニは東北地方有数の産地。また、リンゴの栽培が盛んで、輸出にも取り組んでおり、輸出用のリンゴは特別栽培(化学肥料、農薬は慣行栽培の半分以下)で、全国的にもめずらしい共選共販施設を持っている。「食農立国」というロゴを商標登録している。昨年11月には、10年後を見通した農業振興計画「岩手中央農協農業ビジョン」を策定している。
同農協の概要は、組合員1万6102人(内正8671)、職員384人(嘱託、臨時を含む)、貯金高1289億円、貸出金318億円、長期共済保有高3706億円、農畜産物販売高97億7000万円、購買品供給高35億5000万円。
◇
米の半分は自前で販売
JAいわて中央・佐々木雅博組合長
──組合長は大学を出て北海道に渡り、1982年に家に戻り、農業に従事したとお聞きしました。まず、そのいきさつを聞かせてください。
佐々木 東京農業大学で拓殖学科を卒業し、学生のときから海外農業に関心がありました。海外には行かず、仲間4人と北海道に渡り、根釧原野で肉牛を飼い、ジャガイモ栽培をしていましたが、結婚を機に家に戻り、1・2haの水田と1200平方メートルのハウスでピーマンなどの野菜栽培を始めました。現在は息子に経営を譲り、水田耕作面積は20haです。
──管内の米生産農家と水田面積の動向と、担い手はどれくらいいますか。また大規模農家への土地の集積は進んでいますか。
佐々木 水田面積は約9600haありますが、転作や耕作放棄地があり、耕作面積は5000haを少し切る程度にまで減っています。基幹的農業従事者はこの20年で半減し、平均年齢も69歳となり、高齢化が進んでいます。10ha以上の経営体は462。これらの人たちが経営耕地面積の66%を占め、販売額でもほぼ同様です。
──農家が減ったのは、50年にも及ぶ減反政策と、米価が30年前の半分になったことなどによると考えていますが、農協経営にも随分影響があったのではないでしょうか。
佐々木 3~4年前には玄米60kg当たり9000円台まで下がりました。合併時に102億円あった米の販売高は59億円に、農産物全体の販売高も42%減少しました。
ライスセンター、カントリーエレベーターなどの施設の老朽化も進んでいます。4年前に組合員に説明会を開き、支所の統廃合により現在は4拠点(支所)にし、施設の集約化も図りました。職員は自然減などで100人減っています。
──昨年の米の買い入れ価格と集荷率は? また、管内に集荷業者や商人はいますか。
佐々木 買い入れ価格は、概算金で、岩手県オリジナルの「銀河のしずく」が玄米30kgで9600円、「ひとめぼれ」が9200円。集荷数量は、玄米が30kgでうるち米が約45万袋、もち米が17万袋。集荷率は、出荷契約対比で99%でした。
1等米比率はうるち米で96%と、前年より少しよくなりました。管内には集荷業者や商人はいません。
──販売状況はどうですか。
佐々木 うるち米は、農協の直接販売が51%、全農委託が49%です。コンビニのおにぎり用、県内の量販店や飲食店との契約が多く、大学病院などにも出しています。複数年契約もあります。
もち米の生産は団地化しており、販売先は切り餅メーカーや和菓子屋、生協などです。
──米の店頭価格が5kgで4500円から5000円という値段をどう見ていますか。
佐々木 異常です。生産者は誰一人それでいいとは思っていない。実際には玄米60kgで2万円くらいしか手にしていない。生産者が再生産できるには、5kg税抜きで3200円くらいが適正な価格だと考えています。
──小泉進次郎農相は輸入米を増やす考えのようですが。
佐々木 輸入米は運搬に時間がかかるので農薬漬け。カビも生えないと聞いています。食べる人の健康によくない。それに、輸入に頼っていたら、相手の都合や事情によって入らなくなるのが怖い。金を出しても買えない恐れもある。この問題は、日本の安全保障上、重大問題なので、国民の間で広く議論をすべきだと思います。
セーフティーネットが大事
──米の生産調整をやめろという意見があるが。
佐々木 水田全部に米を作っていいと言われても、簡単にはやめた水田を元に戻して作れない。それに、ここでは、転作作物に合わせて農作業体系が確立されています。水稲、小麦、大豆の植え付けや収穫がローテーションで回っている。それを壊して稲作だけにしたら、作業が集中して回らなくなってしまう。
それに、担い手、誰がやるかの問題もある。30代までの農業従事者は3%、49歳以下でもわずか8%しかいない。意向調査ではその大半は現状維持と考えており、もっと増やしたいという人はほとんどいません。
米を増産した場合、価格は下がる。今は市場原理で、値段は市場が決めることになっています。それでいいのか。セーフティーネットが必要なのではないか。食管制度は生産者米価と消費者価格を分けていた。食べ物は、人間にとって安全であることが保証されなければならないものだ。
──農家への直接支払いについてどう考えますか。
佐々木 やるべきだと思う。現在の収入保険制度では不十分。資材価格が上がっており、その分は補償されない。すでに農機具メーカーは上げると言っている。
──米問題について農協が果たすべき役割は?
佐々木 農協はこれまで、食料を国民に安定的に供給する役割を担ってきました。今は米が金もうけの材料にされてしまっている。農協はもうけ主義ではやってこなかった。これからも消費者への橋渡し役として流通に農協が入るシステムを維持していくことが大事だと考えています。消費者の皆さんにもそのことを訴えていきたい。この農協でも、消費者との交流、食農教育など、地域に貢献する活動をやってきています。
──農協が今回の「米騒動」で悪者にされていますが。
佐々木 トランプ大統領と同じじゃないかね。何かを敵(悪者)に仕立てて、それを攻撃するというやり方。
──そうですね。ありがとうございました。
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