政府の「米増産」方針 立ちはだかる「壁」と拭えぬ不安 産地JAと米農家の声2025年8月13日
石破政権が8月5日に打ち出した「米増産」の方針に、産地の受け止めは複雑だ。生産基盤が弱り増産が言うほど簡単ではない上、増産だけ進めれば需給が緩んで米価が急落しかねないからだ。生産調整から増産への転換という国の方針を産地はどう受け止め、何を求めているのか。組合長と米農家に聞いた。
「生産調整」から増産への歴史的転換
「コメ失政を認めた石破首相 『減反』から増産へ、歴史的転換に高い壁」。朝日新聞は石破政権の方針を、こんな見出しで報じた(asahi.com 8月5日21時35分)。1970年代から本格化した減反は2018年に廃止されたが、その後も、生産調整は続いてきた。
米価高騰について、これまで農水省は「米は足りている。流通の目詰まりが問題だ」と主張してきたが、石破政権は、「米不足」が米価高騰の原因と認め「増産」を掲げた。具体策として、耕作放棄地の活用/農地の大区画化、生産性向上/輸出拡大、などを打ち出した。
暴落対策と基盤整備が必須
「生産調整を廃止すれば米価が暴落しかねない」と心配するJAいわて中央の佐々木雅博組合長
JAいわて中央は、管内に北上川が流れ肥沃な水田が広がる。佐々木雅博組合長は「現場はとまどっている」と明かした。
「この2年ほど、米不足だったということですから、需要を満たせるように米を作るのは必要だ。ただ、どれくらいの目安で増産するのか、具体的には示されていない。生産調整を廃止し『完全に自由に』となれば、供給が過剰になって米価は暴落しかねない。暴落すれば離農が進んで生産力はガタ落ちする」と佐々木組合長は心配する。
大規模化しても田が分散していることも多く、コストは一律には下がらない。基盤整備が必要になる。休耕田で米作りを再開する場合、水を通すため老朽化したパイプラインの整備なども必要になり、かなりの費用がかかる。「大きな担い手、法人は米、麦をローテーションで作っているところが多く、『米だけ』となると無理がかかる」(佐々木組合長)
佐々木組合長は「『余ったら輸出すればいい』とよく言われるが、輸出はそんな簡単な話じゃない」とも述べ、「所得補償も含め農家を支え、将来が見えるようにしてほしい」と語った。
簡単でない「生産調整」廃止
「米価が60kg1万円を割れば選挙にならない」と話すJA常陸(茨城県)の秋山豊組合長
JA常陸(茨城県)の秋山豊組合長は生産調整は緩めることはできても廃止は難しいとみる。「生産調整を全廃すれば、米価は60kg9000円を切る。米価が1万円を切れば(自民党は)選挙にならないので、それは避けるはずだ。最初は大きく打ち上げ、最後には常識的な線に落ち着くだろう」と話す。
「新しい食料・農業・農村基本法や基本計画で、政府は、耕地面積15ha以上の経営体を目標に置いているが、その規模になると米の生産コストは60kg1万2000~3000円になる。そこらへんに水田政策を持っていこうとしているのではないか」(秋山組合長)
現状では田の35%で転作をしているが、転作を25%まで減らし、主食用米の作付を増やす。70万tほど増産されても、現状は政府備蓄米が空に近いので、「適正備蓄水準を回復するために買い入れれば需給はバランスする」。
その上で、「水準や対象など課題はあるが、何らかの所得補償や差額保障(適正な消費者価格と生産者価格との差を国が埋める制度)を入れる必要がある」と考える。増産の成否は、セーフティネットの拡充が鍵になりそうだ。
大区画化は国家的事業
「多様な農家が地域にいた方が強い」と語る浜松の米農家、藤松泰通さん
浜松の米農家、藤松泰通さんは「増産と口で言っても、誰がどのように進めるのか。これまでも現場はコロコロ変わる農政に振り回されてきたが、今回も、いかにも霞ヶ関で考えた机上の空論だ」と懐疑的だ。
「農家の人数も減っていくので、大規模化、大区画化は意味があると思う。ただ、金も時間もかかる国家的事業になる。また、大規模化するとコストも膨らむし、ほ場の管理も雑になりがちだ」とも話す。藤松さん自身、何軒もの農家から「うちの田んぼも引き受けてくれないか」と声をかけられたが、すべて引き受けるにはトラクターやコンバインの買い替えが必要になる。
「増産すれば、普通米価は下がる。長い目でみて安心して米作りができる環境がないと、大きな投資にはなかなか踏み切れない。大規模ゆえの脆さもあるので、多様な農家が地域にいた方が強いと思う」
農水予算増で「100年安心」を
埼玉農民連副会長で兼業農家のの松本愼一さんは「備蓄を350万tに」と提案
埼玉県の米どころ・加須市で兼業農家として米作りをする松本愼一さん(埼玉農民連副会長)は、「米不足をようやく認めたのは良かったが、間違いを認めた上で何をするか。この1、2年が大事だ」と話し、こう強調した。
「家族農業は大変だが、大きな担い手も苦境にあえいでいるところが多い。安心して増産できるには、半年分にあたる350万t以上をめざして国が備蓄を拡充することと、農家への所得補償が欠かせない。予算も5兆円程度に増やして『100年安心の農政』にしないと」
団塊世代引退前に「所得補償」を
産地の現状から「増産はそう簡単じゃない」と言う山形県の米農家、菅野芳秀さん
実行委員長として「令和の百姓一揆」を呼びかけた山形県の米農家、菅野芳秀さんは、若き日、減反と闘った。「減反は田を減らすだけじゃない。農家減らしだ」と考えたからだ。
残念ながら危惧は的中し、その後半世紀で農家戸数は激減した。「だから」と菅野さんは言う。
「『米が足りないから作れ』と国から言われ、減反を緩めたくらいで増産できるというのは大間違いだ。増産で米がダブつき米価が下がれば、農家経営はさらに圧迫される。あと数年で、私たち団塊世代の農家が引退し、増産したくてもできなくなってしまう。そうなる前に、所得補償の制度が必要だ」
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