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コラム:地方の眼力

【小松 泰信 (岡山大学大学院 環境生命科学研究科教授)】

2017.05.24 
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 今回は、武田則男さん(東京都町田市)からのリクエストに応えて、”都市農業”を取り上げる。なお基本的な考え方については、拙稿「地域に根ざしたJA北九づくりを期待して」『JAきたきゅう』(北九州農業協同組合、2016年9月)に基づいている。

◆都市住民の胃袋に責任を持つ

 結論を先取りすれば、都市住民に安心で安全な農畜産物を安定的に供給し、彼ら彼女らの胃袋に責任を持つことが、都市部を管内に持つJA(以下、都市JA)に与えられた重要な使命である。そのために目指すべき方向は、「都市農業の確立」である。
 都市農業は、"市街地及びその周辺の地域において行われる農業"と定義される。換言すれば、人口が集中する都市にある農地や都市に隣接する農地を基盤にして営まれる農業である。そして、都市農業を確立するとは、農業に関わらない人々が多数を占め、農地に対する転用圧力が高まるといった農業生産には不利とされる立地条件を、消費者集団のど真ん中、あるいはすぐ近くで農畜産物を生産し供給できる、という利点に変えた農業生産体制を作り上げることである。
 そのためにはまず、農業者やJA役職員は、都市農業が果たしている多面にわたる機能に対する共通認識を持ち、当事者として自覚的に日々の営農活動に取り組まねばならない。このことは、農業と関わりの少ない都市住民や管内にある企業・事業所と共存し、その機能について認知してもらうためにも不可欠なことである。

◆都市農業ならではの多面的機能

 農林水産省は、都市農業の多面的機能を次の6項目に整理している。
第1は、都市住民が求める「新鮮な農産物の供給」。
第2は、緑地空間や水辺空間の提供といった「良好な景観の形成」により、都市住民にやすらぎや潤いをもたらすこと。
第3は、都市住民や学童に対しては「農業体験・学習の場」を、生産者と都市住民に対しては「交流の場」を提供すること。
第4は、火災時における延焼防止、地震時における避難場所や仮設住宅建設用地といった「災害時の防災空間」。
第5は、緑地空間として、雨水の保水、地下水の涵養、生物の保護などによる「国土・環境の保全」。
第6は、これらの機能発揮や、身近なところに存在することなどを契機とした「都市住民の農業への理解の醸成」。
 実は、これらの機能発揮に関連した諸活動を多くの都市JAは、既に日常的に当たり前のこととして取り組んでいる。今後も、これらがより大きな果実を産むためには、個々ばらばらではなく、"都市農業の確立"を目指した一連のストーリーの中に位置づけ、連携して取り組むことが肝要である。

◆拠点としての農産物直売所づくり

 そのためにも重要なのが、都市農業の拠点づくりである。最も相応しいのは農産物直売所である。なぜなら、そこでは、多くの都市住民が期待している「新鮮な農産物の供給」を契機に、都市農業の存在意義を五感で感じることができるからである。もちろん、拠点ならではの店舗づくりも求められる。住民のニーズをしっかり受け止めて、的確に対応しようとする生産者や職員の姿勢に加えて、"さすがJA"と評価される象徴的な機能が付加されなければならない。例えば、神奈川県秦野市にあるJAはだのの"はだのじばさんず"は環境問題に熱心である。最も象徴的な取り組みがカーボンオフセット事業。具体的には、来店車両のCO2排出量を調査し、それを相殺(オフセット)するためにレジ通過者1人1円をJAが拠出し、CO2排出量が少ないLED型防犯灯を市防犯協会に寄贈している。これ以外にもエコドライブ啓発活動、マイバック持参運動、店舗照明のLED化、そして店舗屋根への太陽光パネルの設置などにも取り組んでいる。愛媛県今治市にあるJAおちいまばりの"さいさいきて屋"は、「売れ残りが日本一少ない直売所」を合い言葉に、食品ロス削減に取り組んでいる。その一環として行われているのが、地域内の福祉施設に無料で提供する、いわゆるフードバンク的な活動である。
 環境や福祉への積極的な関わりは、農業協同組合に対する評価にもつながる意義深い取り組みである。

◆追い風に乗って、食農断絶の克服

 農畜産物の生産現場と食卓の距離が拡大し、食農断絶の時代となって久しい。とくに都市住民は、生産現場とふれあう機会が乏しい。この状況を打開しやすくする法改正が続いている。
 まず、2015年4月に都市農地の保全や都市農業の安定的な継続を図るとともに、良好な都市環境の形成を目的として、「都市農業振興基本法」が施行された。そして今国会では、いわゆる「改正生産緑地法」が成立した。指定下限面積の3aへの引き下げ、「道連れ解除」防止のための近隣生産緑地との一体的把握、直売所や農家レストランあるいは加工施設の建設が可能といった、文字通りの改正である。「都市農業振興基本計画は農地の振興・保全の観点から、地方圏も積極的に生産緑地を導入すべきと明記している」(日本農業新聞5月15日)ことから、地方圏においても行政と連携し、この追い風に乗って「都市農業の確立」を目指すべきである。
 「都会のあなたに伝えたい...。ふる里のぬくもりと新鮮な農産物 私たちは、安全で新鮮な農産物の供給をお約束します。 応援して下さい」と記した手紙と種をつけた風船を、石川県農協青壮年部協議会が飛ばしたのは1990年。拾い主(当時静岡市の小学1年生)から、この春返信が来たことを今日の日本農業新聞が伝えている。拾った少女は種をまき、絵日記につけていた。
 一人でも多くの人に農業を理解して欲しい、との切なる気持ちを託された風船は、その使命を果たしてくれた。
 「都市農業は不要」と言わんばかりの官僚や規制虫が肩で風切る中での改正。都市JAと都市農業者の底力を見せる絶好の機会である。時間はかかるが、JAや農業への理解にもつながる。そのことを、追い風に乗った風船が今も教えてくれている。
 「地方の眼力」なめんなよ

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