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コラム:食料・農業問題 本質と裏側

【鈴木宣弘・東京大学教授】

2017.11.02 
「枕詞」が語る真実一覧へ

 今回は、「建前→本音の政治・行政用語の変換表」に掲げた次の項目を解説する。

●枕詞
=国会決議などを反故にする言い訳に使うために当初から組み込んでおく常套手段の修飾語。最近の事例は、「聖域なき関税撤廃を前提とする(TPP)」「引き続き再生産可能となるよう」「濫訴防止策等を含まない、国の主権を損なうような(ISD条項)」など。
 姑息で稚拙な「言葉遊び」によるごまかしで、公約を反故にしていく政治・行政手法の繰り返しは目に余る。

 

「聖域なき関税撤廃を前提とする」

 まず、2012年12月の衆院選での自民党の政権公約には「聖域なき関税撤廃を前提とするTPP交渉参加に反対する」として、この「聖域なき関税撤廃を前提とする」という「枕詞」が入れられていた。「枕詞」が入れられている時点で、TPP交渉参加を決心していたことを見抜かなくてはならない。 経済官庁の作戦はこうだった。2013年2月の安倍総理とオバマ大統領との日米共同声明に「交渉に入る前に全品目の関税撤廃の確約を一方的に求めるものではない」との形式的な1文を挿入してもらうことに全力を注いだのである。共同声明発表の前日に、その挿入に成功したとき、関係者は「これで国民をごまかせる」と祝杯を挙げていたと言われる。
 そして、訪米中の安倍総理は日本時間23日朝の記者会見で、「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になったのでTPPに参加する」と述べた(正確には、安倍総理に述べさせた)。「"聖域なき関税撤廃を前提としない"という条件がクリアできたから参加したので、公約違反ではない」との説明である。
 これが如何に「子供だまし」にもならないかは明白である。「前提でない」=「入る前に宣言しなくてもよい」という意味だとして、「聖域がないことを入る前に宣言しなくてもよい」と書いてもらったから、「前提でない」をクリアしたと説明する。入ってみたら結果的に「聖域はなかった」としても問われない、という解釈である。
 本来は、「聖域が確保できることが前提のTPP交渉なら参加する」という意味合いなのに、そのように見せかけておいて、こんな「言葉遊び」で、国民との約束は守れた、とする稚拙なごまかしが平然と行える精神構造には敬服する。

 

「引き続き再生産可能となるよう」

 

 次は、2013年4月の衆参農林水産委員会決議である。まず、[1]の、いわゆる重要5品目の除外についてである。

[1] 米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外または再協議の対象とすること。10年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと。

 いままで日本が関税撤廃の除外品目としてきた農産物は関税分類上834品目で全品目の10%弱、いわゆる重要5品目にかぎっても関税分類上586品目で6.5%になり、これらすべてを除外することは誰の目から見ても不可能であった。
 できるわけがないことをできると言ってしまったのだから、あとはごまかすしかない。まず、重要5品目でなく、5「分野」だと言い始めた。5分野に586の細目があるから、例えば、コメならば、58細目のうち加工品や調整品はあきらめて生(ナマ)に近い部分だけを守ることで、つまり、5分野のそれぞれの細目の最低1つずつでも除外できれば、最悪586→5と減らしても、重要5分野を守ったのだというお粗末な詭弁である。予想どおりのウソとはいえ、586品目を死守するという約束はあっけなく吹き飛んだ。
 さらに、米国としては、まさに586→5の5に入るような重要品目のコア部分、特に、米国業界の要望が最も強い牛肉・豚肉などについて、実利のあるものでないと呑めないから、「本丸」の関税削減もやむを得なかった。それに対する一つの説明は、国会決議の意味するのは「関税撤廃からの除外」であって関税削減は許される。だから、1%でも関税が残っていれば違反でない(例えば、牛肉は9%も残した!!)と言い張ることだった。
 さらに、最終的な切り札として、国会決議に入れた「引き続き再生産可能となるよう」との枕詞を使った。こんなに譲歩してしまったらたいへんな打撃が出ると指摘されても、影響試算には国内対策をセットで出して、再生産が可能になるように国内対策をしたから国会決議は守られたのだと言い張るとのシナリオが当初から準備されていたのである。

 

「濫訴防止策等を含まない、国の主権を損なうような」

 

 もう一つの実例は、2013年4月の衆参農林水産委員会決議の[5]のISDS(投資家対国家紛争解決)条項である。

[5] 濫訴防止策等を含まない、国の主権を損なうようなISD条項には合意しないこと。

 グローバル企業の経営陣は、命、健康、環境を守るコストを徹底的に切り詰めて、「今だけ、金だけ、自分だけ」で儲けられるように、投資・サービスの自由化で人々を安く働かせ、命、健康、環境への配慮を求められてもISDS条項で阻止し、新薬など特許の保護は強化して人の命よりも企業利益を増やそうとする。 日本はTPP交渉に参加するやいなや、[5]の決議をまったく等閑にして、米国と一緒に率先して他の国々にISDSの受け入れを迫ったことはよく知られている。
 最終的には、「健康や環境に関する措置をISDSで訴える」=「濫訴」が防止できていると説明できるかどうであった。もちろん、濫訴防止ができたと日本政府は主張するが、ほとんどの法律家はISDS条項で「濫訴防止」は担保できていないと解釈している(TPP協定9.16条など)。

第9.16条 投資及び環境、健康その他の規制上の目的=この章のいかなる規定も、締約国が自国の領域内の投資活動が環境、健康その他の規制上の目的に配慮した方法で行われることを確保するために適当と認める措置(この章の規定に適合するものに限る。)を採用し、維持し、又は強制することを妨げるものと解してはならない。

 この条文は奇妙で、環境と健康に関する規制についてのISDSによる提訴の例外規定のように見えて、「この章の規定に適合するものに限る」ことで、結局、グローバル企業の利益を損なわないことが上位に来てしまい、環境や健康に関する規制が例外ではなくなっている。

 以上のように、枕詞が入れられた時点で、すべて勝負はついてしまっている。枕詞の内容を担保したと無理やり説明して、約束は必ず反故にされる。普通の感覚の持ち主なら、恥ずかしくて言えないくらいの稚拙な「言い訳」ばかりだが、それがまかり通ってしまう以上、枕詞の挿入を許した時点で反対派は負けなのである。反省のためにも、こうした経験を忘れないように振り返ってみた。

 

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