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シリーズ:緊急連載-守られるのか? 農業と地域‐1県1JA構想

【田代洋一横浜国大・大妻女子大名誉教授】

2017.11.17 
破綻JAをどう救済するか JAおきなわ(1)一覧へ

 沖縄県の1県1JA化は波瀾万丈、詳しくは同農協の『JAおきなわ10年のあゆみ』をご覧いただくとして、かいつまんで紹介する。

◆金融危機下の農協合併

 県には本土復帰の1972年当時74の農協があり、昭和期末までに44JA、1994年までに28JAになった。折からのバブル崩壊に伴う金融危機のなかで、県では農業信用基金協会が保証した融資のうち180億円が回収不能化し、協会の保証困難を放置すれば多くのJAが早期是正措置(98年からの金融庁の自己資本比率8%未満の金融機関に対する業務改善命令)の対象になることが判明した。そこで98年に、中央会主導で各県連の協力の下にこの問題を一括処理するとともに、県大会で5JA(郡農協化)構想を打ち出すことになった。
 しかし、それに取り組む中で9JAで合計350億円もの不良債権を抱えていることが明るみに出た。9JAのうち2JAは島部だが、4JAは大型合併農協であり、島部には合併相手もなく、合併農協の破綻は5JA構想が受け皿たりえないことを明らかにした。そこで「県域において1つのJAも破綻させないことを大前提とした場合、県単一JAを受け皿とする救済合併で全国支援を受けるほかに選択肢はない」ということになり、中央会が2000年末には「信連・経済連・全JAの統合による県単一JA構想」を打ち出すことになった。
 これを受けて01年2月に合併推進本部(本部長は中央会会長、事務局長は中央会常務で合併の旗振り役、スタッフは県連と単協から半々で計60名)、推進協議会(会長は県知事)が立ち上げられ、3月には県大会で単一JA合併構想が決議された。郡農協構想から県農協構想への転換である。

さとうきび畑(写真)さとうきび畑

 

◆過酷な全国支援の条件と超リストラ計画

 全国支援を受けるには次の3原則を満たす必要がある(カッコ内は沖縄県の場合)。(1)出資者責任(支援対象JAの組合員は資格保持のための一口千円を残し減資、計61.7億円、対象は全組合員のほぼ半分)、(2)経営責任(ほぼ過去10年の組合長等769名に報酬の1割返還請求、とくに不適切融資等へ係わった39名には民事責任追及、総額で1.6億円)、(3)支援対象JAは経営継続しない(1JAは組合長の不祥事により解散、残り8JAが自主再建を断念して合併へ)。
 全国支援をめぐる状況は次の通り。A.要処理額は349億円、減資(前述)等による自主努力68億円を除くとB.必要支援額は281億円、さらに県域対応(中央会の合併支援基金等)33億円を差し引いたC.全国支援額は248億円(貯金保険機構222.6億円、JAバンク支援金25.6億円)。
 支援額は通常Bの1/2だが、C/Bが1/2超の場合にも「信用事業再構築計画」が認められれば受けられる。同計画では、不正事件の未然防止、2004年度までに自己資本比率8%達成、不採算部門からの撤退、赤字店舗の廃止、要員削減、不良債権の早期回収、連合会との統合は以上の解決が前提、などが掲げられた。
 このうち赤字店舗の廃止等については3割削減とされ、信用店舗38(当初は29)、購買店舗54、集出荷場30、生産購買店舗54、Aコープ9、SS10の廃止となった。旅行事業からの撤退も含め、要員削減は689名、営農指導員も削減とされた。
「計画」遂行については5年間にわたり四半期ごとに農水省等への報告を義務付けられる。それは「部屋への入り方から退場の仕方まで指導され」「針のむしろとはこの事で被告席に座らされている心境」だったと当時の経営管理委員長は述懐する。

 

◆合併をめぐる攻防

 支援条件は過酷だが、破綻農協としては、解散すれば出資金は全額補てんに充てられることになり、ペイオフ解禁後は貯金も全額補填されないので、救済を求める立場だった。
 問題は「健全」な6JAである。当然のことながら組合員や職員から強い反対の声が上がった。破綻農協のせいで自分たちも過酷な条件を強いられ、農協が遠くなる、今までのサービスを受けられなくなる、施設も統廃合される、これまでの配当もなくなる、といった理由である。一口で言えば「沈む船には乗れない」。当時の中央会常務は「制度設計よりも反対対策の方が大変だった」と述懐する。 しかし「健全」農協も、「1JAでも参加しなかったら全国支援は無し」という支援条件の下であくまで合併反対を貫けば、仲間の農協の破綻を座視することになる。「大切なのは自分の農協」だが、それだけでは済まない。「健全」とは言っても内実は厳しいJAもあった。
 なかでも反対運動が激しかったJA豊見城の組合長には、「8JA1500名が路頭に迷ってもいいのか」という県知事、副知事からの説得もあった。行政も必死だった。そのJA豊見城で、反対の急先鋒だった職員会で、ある職員の「頭を切り替えて、反対の書面議決書から全て賛成に切り替えていきます」という一言が事態急転のきっかけになったり、反対の急先鋒だった野菜部会長が一転賛成に回るという一齣もあった。振り上げたこぶしを降ろす時機だった。
このような激しい対立と論議を経て、合併予備契約調印(2001年12月17日)にあたっては、前日未明に1JA、前日に3JA、当日午前に1JAが参加を決め、全27JAの調印にこぎつけた。その後の合併決議では1JAが否決したが、後日に総会をやり直して承認している。
 1JA化の口火を切ったのは県中央会だが、その会長が反対に回ってしかるべき「健全」JAトップのJA宜野湾市の出身だったり、強硬派のJA豊見城の組合長が元は県の特別職(局長)だったり、推進協議会長には知事を据えたりと、人事的にも幸運、巧妙な布陣だった。しかし根底に貫くのは、「未来のため今ひとつに」、「大同団結」の合言葉、「オール沖縄」のDNAだろう。「協同組合」としては、破綻メンバーが出た場合に、どの範域で「協同」を再建すれば救済可能かという問いであり、それに対するオール沖縄の解答が1県1JA化だった。それは信用事業を軸にした今日的合併を先取りするものでもあった
 県は事務局に人を派遣し、全中も協力を惜しまなかった。先行する1県1JA、特にJA奈良県から学ぶことも多かった。

 

◆合併に伴う措置

 破綻農協の組合員は一口千円への減資となったが、「健全」農協についてはどうか。その積み上げてきた財産は、一定の基準を設けて「みなし配当」として合併前に組合員に配分した。6JAで合計40億円になる。
 破綻農協の職員については、退職金ゼロ(損失補てんに充当)でいったん辞めてもらい、再雇用という形をとった。「首がつながっただけ良かった」という位置づけである。ただし賃金の引下げはしていない。ボーナスは平準化したため、破綻農協の元職員はアップし、「健全」農協の職員は下がることになり、職員の不満は大きかった。 再構築計画の要員689名削減には、定年不補充と退職金3割増しの早期退職で対応したが、最初の5年間に900名が辞めていき、「やり過ぎた」。とくに反対はなかったというものの残された職員の負担は大きかった。要員数は連合会の包括継承でほぼ元に戻り、2010年には臨時職員を大幅に採用している。

 

◆困難な船出

 新JAの役員は黒字農協を中心に構成し、初代理事長には前述のJA豊見城の組合長が就任した。そのリーダーシップが広範な支持を得たものと言える。
 合併直前にJAバンク自主ルールが実施に移されたが、当初の自己資本比率が6.4%にしかならなかったJAおきなわは、貸出しが公共団体や相殺可能な貸付、基金協会保証付きに限定される「レベル1」に格付けされた。その結果、3,200億円あった貸付金が2003年末には545億円も減り、農家も「貸してくれないなら預けない」ことになり、6,700億円あった貯金残高も6千億円を割り込みそうになった。そこで自己資本増強5か年計画をたて、役職員の増資、県外郭団体からの優先出資等を受け、2004年にはレベル1の格付けを脱することができた。
 また合併当初の農協法に基づくリスク管理債権は800億円、不良債権比率25%だったが、処理の加速化に努め、09年には9.6%、16年には2.9%に縮減させた。
 県連の包括承継については、経済連は不採算部門の整理に、信連はシステム統合にそれぞれ時間を要して3年半ほど遅れた。連合会職員は基本的に本店配属になった。「これだけの人材は単協にはおらず、信連、経済連が統合したことが成功の秘密」とされた。県連統合により先の不良債権比率も大きく下がった。
 中央会は当面は単協合併と県連の包括承継の実務のために存置したが、農政やJAおきなわのチェックに必要と言うことで、50名から20名に縮小して存続している。
 次回ではガバナンスや営農指導面、合併の成果について触れる。

【JAおきなわの概要】

・2002年4月1日28Jの合併
・組合員数13万6722人、うち准組合員63.6%
・経営管理委員25名、理事11名、監事7名
・出資額209.6億円(うち准組43.9%)
・販売品取扱額649億円
・貯金額8532億円、貯貸率33.9%

 

(関連記事)
ガバナンス、営農指導、合併の成果―JAおきなわ(2)(17.12.01)

 

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