農政:時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す
(118)大枠合意は木材自給率向上の妨げ2017年8月6日
梶井氏は日欧EPA大枠合意の問題点の1つに林産物の輸入増加を指摘する。
◆影響試算示すべき
7月19日付農業共済新聞に"農村部は大勝利"と題した次のような記事があった。
「【ブリュッセル12日共同】欧州連合(EU)が日本と大枠合意した経済連携協定(EPA)が発効すれば、EUにとって日本へのモノとサービスの輸出額は最大24%拡大し、域内総生産は最大0.7%増える。そんな試算をEU欧州委員会が示し、住民や産業界に効果をアピールしている。
特にチーズや肉類などの農産加工品の輸出が180%で、金額で100億ユーロ(1兆3000億円)増えるとみており、『農村部は大勝利だ』(農業担当のホーガン欧州委員)と宣伝、農産品輸出国のカナダや米国との自由貿易協定(FTA)交渉では農業関係者からFTA反対デモが起きただけに、懸命に意義を強調している。」
"大勝利"の反対は"大敗北"だが、それを自認してか、日本の農政当局は大枠合意で受ける日本の農林水産業の影響すら示そうとはしていない。与党内にもある早く影響試算を示せという声に対し、山本前農相は
「農林水産物の影響試算は、現実に起こり得る影響を試算するもの。日欧EPA大枠合意の内容を踏まえた、国内対策の内容が明らかになって初めて行うことができる。」と述べたそうだが、それは"政府が今後まとめる国内対策の効果を絞り込んで影響試算を算出する考えを示したものだ"という(7月12日付「日本農業新聞」)。
それには"影響を小さく見せ、生産現場の不安拡大を防ぎたい思惑があるとみられる"が、"国内農業がどのような影響を受けるのか、徹底した分析のないまま議論を重ねても、効果的な対策が打てるのか、疑問が拭えない"と15日付で同紙は指摘し、"農業影響試算が先だ"という大きな見出しをつけていた。同感である。
◆明るい兆しが見えてきた日本林業なのに...
大枠合意のポイントについて、特にソフト系チーズの輸入数量枠設定で"酪農生産への影響が懸念される"ことについては、本紙前々号で解説しているので本稿ではふれない。本稿で是非ともふれておきたいのは、林業に関わる問題である。
今年の林業白書には、「林業や木材産業に明るい兆しが見えてきた。」と、昨今の農林関係の公的文書には見られない一句があった。木材自給率がこのところ上昇しているのを高く評価し、今後もそれが続くことを期待しての一句である。
1960年頃までは90%以上だった木材自給率は、60年以降急落、80年には32.9%になり、02年には18.2%になる。この18.2%がこれまでの最低自給率で、以降上昇に転じ、15年33.2%となり80年代レベルに戻る。この自給率の持続的上昇に、目標とする自給率50%も達成の可能性が見えてきたと評価し、"明るい兆しが見えてきた"という表現になったのであろう。直交集成材(CLT)活用をともなった公共建築物の木造化などが自給率向上を支えているとみていい。
◆明るい兆しを消さない対策は用意されているのか?
その木材のEUからの輸入に大きく道を開くことを、今回の大枠合意では予定している。
"EUとのEPA交渉で、政府が欧州産木材製品にかける輸入関税を撤廃する方向で調整していること"を日本農業新聞が報道したのが7月2日だが、その日の同紙は「日欧EPA農産物攻防続く 閣僚協議なお隔たり」という見出しのところでは、"チーズなど農産品関税をめぐる隔たりが大きい中...打開案が見出せないまま膠着(こうちゃく)状態が続いた"ことを報じていた。木材とチーズなど農産品とで、日本側の交渉態度が大きく違っていることを大きく報道したのである。
この日本の態度の違いは先行したTPPでの合意の違いからきている。TPPではソフト系チーズは関税維持だったが、木材は関税撤廃を約束していた。この違いが、この時点で対応の差として出てきていたのである。
木材について大枠合意は、EUからの輸入については現行関税率(パーティクルボード・OBS5~6%、SPF製材4.8%、構造用集成材3.9%)を"毎年0.3~0.8%程度ずつ緩やかに減少"させて8年目にゼロにする、ということ、EUへの輸出については現行関税率を"即時撤廃"だった。
EUからの林産物輸入額は2012~14年平均で1362億円だが、主力になっているのは住宅用資材(集成材原料ラミナ)になるSPF製材880億円と住宅用構造材になる構造用集成材309億円である。
白書が"明るい兆しが見えてきた"としたのも、こうした住宅用資材や構造用集成材の国内生産が軌道に乗り、木材産業を引っ張っているからだが、これらの木材への関税が年々減少し、8年後にはゼロになれば、関税率低減にとなって年々輸入量が増え、国産材の需要増大分に食い込むことになることは必至だろう。"明るい兆し"を消さないために、どういう政策を政府は用意しているのだろうか。
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