JAの活動:2025国際協同組合年 今こそ果たす農協の役割
【国際協同組合年・特別座談会】いまなぜ二宮尊徳なのか 大日本報徳社鷲山社長×JAはだの宮永組合長×JAはが野猪野氏(1)2025年10月17日
協同組合のルーツというと、組合員の自主性を重んじたロッチデール原則やライファイゼンの「一人は万人のために」が知られるが、日本史をひもとくと二宮尊徳の報徳社に行きつく。格差と分断が深まる今日、だからこそ輝きを増す尊徳の思想「報徳仕法」は、農業協同組合運動にどう引き継がれ、相互扶助の輪はどんな展開をみせているか。大日本報徳社社長の鷲山恭彦氏、JAはだの組合長の宮永均氏、JAはが野総代の猪野正子氏が縦横に語り合った。司会は文芸アナリストの大金義昭氏。
写真左から
JAはだの組合長宮永均氏、大日本報徳社社長鷲山恭彦氏、文芸アナリスト大金義昭氏、JAはが野総代猪野正子氏
【出席者】
大日本報徳社社長 鷲山恭彦氏
JAはだの(神奈川)組合長 宮永均氏
JAはが野(栃木)総代 猪野正子氏
(司会)文芸アナリスト 大金義昭氏
地域のつながり再構築
尊徳との関わり・歴史と実践の再発掘
大金 この座談会を提案された宮永さんから、二宮尊徳との関わりを話していただけますか。
宮永 2012年の第1回国際協同組合年(IYC)が一発花火のように終わったので、第2回目の今年こそは「ひとつ何かを!」と2025年国際協同組合年記念「JAはだの協同組合サミット」を組合員や役職員はじめ、韓国農協中央会やJCA、生協、他県JAなどのご参加をいただき開催しました。JAはだのでは、先人たちが協同組合の教育を兼ねて報徳思想を学んできました。もう四半世紀以上も前の話ですが2000年のミレニアムに向け、協同組合の発展と組合員や市民の結集をめざした企画があって、当初は拓本の歌にある「乱杭の長し短し人こころ七に三たし五に五たすの十」の石碑を探すことから始まり、浜松市の西遠連合報徳社・浜松報徳館を訪ねたことが報徳思想に着目するきっかけになりました。
その時にこの歌の作者であり、埋もれていた秦野の偉人、安居院(あぐい)庄七の存在を知りました。当時の松下雅雄組合長が「協同組合の原点は報徳にある」と言い、私も学ぶ機会を得ました。ミレニアムでは、拓本の歌を刻んだ石碑をJAはだのの玄関前に建て、「大地の刻(とき)」というモニュメントを設置。職員が静岡県の掛川市や浜松市を訪ねて話を聞き、2009年には『安居院庄七 協同組合の原点「報徳」を広めた』(若槻武行氏著)を発行しました。
大金 安居院庄七は尊徳の門弟の一人で、報徳思想を遠江や駿河、三河などに広めた人物です。その彼を、JAはだのが「再発見」したということですか。猪野さんの場合は?
猪野 私はJAはが野管内にある尊徳ゆかりの地から200mほどの農家に嫁ぎました。当初は尊徳さんについて「薪(まき)を背負った人」程度しか知りませんでしたが、まず驚いたのが義父の時代に、義父が農協職員とイチゴを足利から米の裏作に導入した時のことです。なかなか教えてもらえなかった技術を何度も何度も通って持ち帰り、仲間を集めて広げていったということでした。尊徳さんにゆかりの地の農業者が、自分だけで技術を抱え込まずにみんなに広げたことが現在の日本一のイチゴの大産地につながっています。
子育て中の私は近所の二宮神社に散歩に行き、「目をつぶってごらん。尊徳さんの足音が聞こえるよ!」と話しかけながら、自分の中にも尊徳さんの教えが自然に入ってくるようになりました。
子どもたちが通った小学校には「推譲募金の日」があり、中学校のバックネットには野球部員の保護者による「積小為大」の看板を掲げたり、和太鼓チームを「尊徳太鼓保存会」、花火大会を「尊徳夏まつり」と名づけたりして、尊徳さんの教えが地域の生活の中に溶け込んでいます。また「報徳会」や「一円融合会」など学びの場もあり、私も会員になっています。
大金 ドイツ文学の専門家である鷲山さんがなぜ大日本報徳社の社長に?(笑)
大日本報徳社社長 鷲山恭彦氏
鷲山 父は農業改良普及員で「農こそ国の基」と考えていましたから、報徳はぴったり。私には「勤・倹・譲」を説く報徳が、子ども心に重苦しかった!(笑)。人のためにと言われても、そんな余裕がないと思ったりしてね!(笑)。何の役にも立たないドイツ文学という、雲か霞のような「虚」の世界に行きました! (笑)
田畑・山林がありますから、米・麦・茶・ミカン、植林と、小さい頃から何でもやり、これが好きで「実」の世界の大切さはよく分かっていたのですが、文学や哲学に引かれました。
尊徳の思想が遠州地方に広がったのは、安居院庄七のお蔭です。地べたを這うように人と人とを結びながら、最新の農業技術を普及したという点で安居院はすごい! 尊徳は幕臣ですからどうしても上からの指導になる。激動の明治の末には安居院が忘れられてしまい、それを惜しんだ私の祖父が安居院を掘り起こして伝記を書いています。
文学や哲学など、何の用も足さない学問ですが、ただ、宮永さんから今、安居院の「乱杭」の歌が紹介された通り、打ち込まれた乱杭の在り様の本質を心が見ています。「虚」の学問を意識の面からとらえると、尊徳は「天地の経文を読む」大切さと「心田開発」を唱えていますが、その天地人の本質に迫ろうとすると、「虚」である意識の高さが問われる。意識が高ければ高いほど、真実が見えてくる。「虚」の世界も大切です。
現在、耕作放棄地が増え、農家の後継者不足、令和の米騒動が起きています。学校やITで知識や情報は得ますが、生活体験は乏しく、知識が知恵にならない"精神の貧しさ"という現代的な問題がある。ここにも想像力と実体の関係、「虚」と「実」が絡んでいます。「至誠」と「実行」によって経験知を集積した尊徳の思想は、実践によって試され済みの思想であるだけに"知恵と実践の宝庫"です。
共有農園で「仕法」発信
報徳の教えと現代のJA・地域での実践
大金 宮永さんは実践の現場で尊徳とJAの組織・事業・経営をどう結びつけていますか?
宮永 「今だけ・金だけ・自分だけ」の世の中だと改めて感じたのが「令和の米騒動」でした。JAは米でもうけているとか、農業が衰退したのはJAが悪いからだとか言われるが、とんでもない! 私たちは地域の多様な助け合い活動を通して、安全・安心な農産物を地域の人たちに届けている。JAの日ごろの取り組みをもっと広く知っていただく必要があります。
JAはだの(神奈川)組合長 宮永均氏
秦野の「たばこ耕作」の歴史は江戸時代まで遡ります。江戸時代、富士山の噴火で秦野の田畑が50~60cmほどの灰に覆われ、壊滅状態に陥った。そんな荒れた土地でも育てられる農作物が葉タバコでした。技術の高さから全国有数の産地として名をあげましたが、タバコが忙しい時は近所の人が「じゃあ今度は、あの家を手伝おう!」と助け合いながら頑張ってきた。松下元組合長が尊徳や安居院に着眼し、ミレニアムに「協同」を見直し、再構築する必要を訴えたのもそうした観点からでした。
大金 安居院の事績から「助け合い」の意味や価値を共有したい、と?
宮永 そうです! うれしかったのはコロナ禍での食料支援です。「今こそ協同、助け合い!」と銘打って、米農家や直売所の利用者に米や日用雑貨の拠出を呼びかけたところ、米は600kg集まりました。秦野市の福祉部門と連携し、支援が必要な方に届け、相当の支援が出来ました。それもこれも地域に「助け合い」が根づいていたから実行できたことです。
大金 JAはだのが直売所の「じばさんず」や市民農園、農業満喫クラブ、市民農業塾などを全方位で展開しているのも、経済学者の宇沢弘文さんが唱えた「社会的共通資本」を報徳思想のもとで「助け合い」ながら有効活用しているということなのかなぁ!
宮永 その延長で来年4月にはコモンズ農園を開設します。JA本所事務所横の30aを活用し、農業体験を提供します。土地は個人の所有だけれど「共有資本」でもあるという考え方で広く大勢の方に使っていただく。尊徳が今いたら「至誠(まごころ)」「勤労」「分度(分相応の生活)」「推譲(分に過ぎた分を他へ譲る)」といった教えを説きながら、こんな取り組みをしているのではないか、と! (笑)
大金 失礼ですけど、地域で「女尊徳!」をめざしているようにお見受けする猪野さんの場合は?(笑)
猪野 JAはだのさんとJAはが野が女性組織同士で姉妹提携した時に、安居院のことを詳しく知りました。JAはだのがこれだけ安居院や尊徳さんのことを現代の「仕法」に生かし、力を入れているのは「すごいなぁ!」と思いました。私たちの地元は尊徳さんが空気のように身近な存在なので、改めて見直したい!(笑)。地元には1989年の土地改良事業で建てた「尊徳仕法の息づく物井の大地、歴史とともに新たな道を拓く」という記念碑があります。桜町陣屋跡のすぐ近くに20aほどの報徳田も復元された。その田んぼを生かして「桜町陣屋跡の保存と活用を考える会」が中心になり、地域の子どもたちに昔ながらの田植えや案山子(かかし)作り、稲刈り、収穫祭をする事業を続けて19年になります。汗を流しながら一緒に作業し、収穫したお米で作ったおにぎりやけんちん汁をいただきながら人と人との絆も深まっています。
また、地元のFMラジオ番組では尊徳さんの教えを毎日伝え、一人でも多くの人に尊徳さんが26年間いたこの地域の歴史を伝えています。
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