農政 クローズアップ詳細

2018.07.03 
【クローズアップ】基本政策の確立・韓国 農業の価値 広まる 1千万署名が後押し一覧へ

・憲法明記否決でも
・重要性国民が認識

 JAcom(6月20日付)の「【クローズアップ】農業重視へ各国が政策転換」(関連記事は本文に掲載しています。)でスイスと同じように農業の多面的機能などを憲法に位置づけようとしている動きを紹介した。農業の位置づけを含む憲法改正の大統領案は5月末に国会で否決されたものの、国民の間に農業の重要性についての認識が深まり、韓国農協中央会をはじめ農業関係者は直接支払い政策の充実など、基本政策の確立を後押しをする機運が高まったとして評価している。韓国農民新聞の金基弘(キム・キホン)記者に話を聞いた。

◆短時間で改憲は困難

国民の2割が署名した(写真)国民の2割が署名した(写真=韓国農民新聞社)

 

 韓国では文在寅大統領が3月26日に国会に対して憲法改正案を発議した。前号で紹介したように、改正案には「農業分野の公共的価値」を位置づけたが、改正案の基本は「国民の基本的権利を一層強化し保障する」としたことにあったようだ。
 現地の報道などを参考にすると人間の幸福追求権、平等権、生命権、私生活の自由など普遍的に保障すべき基本的権利については、その主体を「国民」から「人(個人)」に拡大するとした。
 また、格差拡大が進むことに対して労働者に対する正当な待遇と二極化の解消をめざし、労働者の基本権も強化し、国が雇用の安定など施策を行う義務を持つなどの事項も入ったのだという。大統領の任期も再選禁止の5年から、4年で再選可能とすることも盛り込まれた。
 ただ、民主主義を強化し「平等な民主社会」という理念が強調されている一方で、憲法前文にある「自由民主的基本秩序」という言葉から、「自由」を削除するといった案が批判や懸念を招いたようだ。たとえば、自由主義経済を否定することにならないかとの専門家の指摘もあった。
 結局、5月末に国会で憲法改正案は否決された。
金基弘記者 金基弘記者は「格差拡大で両極化しているという問題も解決しなければなりませんが、たとえば、民主主義を強化しようとして、(基本的な権利の対象を)"国民"ではなく"人"を強調としている点などについて、野党は国家のアイデンティティに関わる問題だと批判しました。農業の価値を位置づけることは野党も賛成だったと思いますが、結局、短い時間では今回のような大きな問題に簡単に結論は出ないということだと思います」と話す。
 もともと文政権を支える与党「共に民主党」は少数政党で過半数に達していない。韓国では国会の在職議員の3分の2以上の賛成を得た後、国民投票で過半数の賛成を得れば改憲が成立するという制度になっており、少数与党という政治情勢では可決は厳しいと見られていた。
 今後、憲法を改正しようという動きが出てくるまでには2年以上はかかるのではないかという。

(写真)金基弘記者

 


◆消費者の支持背景に

昨年末の街頭での宣伝活動(写真)昨年末の街頭での宣伝活動(写真=韓国農民新聞社)

 

 それでも憲法改正案に農業分野の公共的価値を位置づけたことは評価されている。
 その改正案を生み出したのは前号でも紹介した韓国農協中央会が主導した署名運動である。
 金記者は「韓国はカロリーベース自給率は40%、基礎的な食糧自給率はもっと低く深刻な問題です。しかし、いろいろな問題はあるにしても国民は農業の大事さについて理解していません。そこを理解してもらおうという署名運動でした」と指摘する。
 昨年11月から署名運動を始めて1か月足らずで1000万人に達し、最終的には1150万人の署名が集まった。全国の農協組織が前面に立って運動を展開し、各地の農協の事務所や流通センターなどさまざまな場所で取り組み、都市部では農協の農産物直売所「ハナロマート」でも署名活動が展開されたという。
 文書には農業の価値を憲法に位置づけようという表題のもと、食料生産を担う農業の重要性はもちろん、人々の心に安らぎを与える農村に価値なども解説され、人々はそれを読んで、住所と氏名を一人ひとりが書き入れるかたちで署名が積み上がっていった(写真=最上部)。
 このような農業の価値を憲法に位置づけようという考えが韓国で生まれたのは、やはりスイス憲法が関係者の念頭にあったという。スイスは昨年、食料安全保障を追加する憲法改正を国民投票で可決したが、韓国ではそれ以前からスイス憲法104条を参考にしようという主張はあった。スイス憲法104条とは農業の多面的機能の発揮や、直接支払い制度の土台となる農民の経営支援など基本的な考えを定めた条項である。
 金記者は今回の運動について「もちろん農家も署名しましたが、都市民たちが参加したことが大きい。農業の価値についてこれだけ賛同を得られたということは成果だと思います」として、そのうえで「これからは憲法の問題ではなく、農業の価値を実際に実現することが大事ではないか」という。都市民を含め国民が農業の価値を共有したのだから具体的な政策を提案していくことが当面の運動になるだろうとみる。
 そのひとつが直接支払い制度の充実だ。金記者の専門は農村集落問題や小さな協同組合活動。前日も農村に取材に出向いていたという。「高齢化と若者不足は日本と同じです。全体として経済は不振で農村では福祉の充実も課題になるなど問題はたくさんあります」と話す。その意味で今回の運動をきっかけに国民的な関心の高まりと賛同をもとに、農業者や農村部への直接支払いの充実など基本農政の実現に向けた韓国の運動に今後も注目したい。

 

(関連記事)
【クローズアップ】農業重視へ各国が政策転換(18.06.20)

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