農政 シリーズ詳細

シリーズ:これで良いのかこの国のかたち

2013.07.30 
【シリーズ・これで良いのか、この国のかたち】農業は成長より持続が大事 農民作家・山下惣一氏一覧へ

・小農が日本農業の強み
・資源循環が失われる
・農業がふるさとを守る
・同体の意識でつながる

 安倍政権では農業が成長戦略の一端にのせられ、農地の集約による大規模で効率的な農業経営や輸出増大による成長産業化を農政の柱にしようとしている。
 しかし、農民作家の山下惣一さんは、折に触れ「小規模農家の意義」について発言してきた。自身も小規模農家だ。
 このシリーズでは日本の農業のかたち、さらに「この国のかたち」はどうあるべきかを考える。自らを「農業の"近代化以前"と"近代化"の両方を体験してきた世代」と語る山下さんに聞いた。
(聞き手=一般財団法人農村金融研究会・鈴木利徳専務理事)

小さな農業はアジアのモデルになる

◆小農が日本農業の強み

山下惣一氏 鈴木 最近、FTAやEPAなど、国際貿易が国を二分する問題になっています。そうしたなか、日本の農業はどこに着地点を見出せばいいのか、考えをお聞かせください。
 山下 私は、自由化の波にさらされるたびに、「小規模農家はどうしたらいいか」とずっと考えてきました。うちの村は大半が棚田だから、地形的に規模の拡大ができない。だから、変わりようがなかった。
 それで、海外の農業を見てまわるようになりました。これまでに50カ国は訪問しましたが、どう考えても規模ではアメリカ、オーストラリア、ブラジルなどの新興農業国には勝てません。
 よく「自由貿易は飢餓を救う」と言われますが、現実には、食料は余っている所から不足している所にいくのではなく、安いところから高く売れるところにしか行きません。だから、水田の40%も減反し飽食の日本に世界中から農産物が集まり、年間2000万トンも食べ残して捨てられているのです。
 私たちはどうしたらいいのか。考え続けて、あるとき気づきました。日本は生産地と消費地が非常に近い。生産者と消費者が混在、混住している。地産地消をベースにすれば、流通経費もかからない。これほど強い農業はないと確信しました。
 鈴木 山下さんが地元で直売所に力を入れてきたのは、そこが原点だったのですね。
 山下 世界との競争に勝たなければ、農家が生き残れないというのはおかしな話です。強い国の農業だけで世界が養えるのか。いろいろな残り方があると思う。
 それに、大規模農家が容認されている国には必ずその一方に土地なし農民がいて、都会にスラムがあります。日本にスラムがないのは小農がベースになっているから。それなのに、「小農だからいい」という論理が、まったく出てこない。

(写真)
山下惣一氏

◆資源循環が失われる

生産と消費の近さを生かした直売所 鈴木 「小農の意義」は、日本の農業を考えるうえで最大の課題になると思います。山下さんは常々「農業にとって大事なのは成長ではなく持続だ」と発言していますが、「持続」も小農だから可能だということでしょうか。
 山下 私はいま77歳。農業の近代化以前と近代化以降、両方を体験しています。近代化以前の農業とは、江戸時代から昭和35年ごろまで約300年続いてきた方法ですが、いま思えば完璧の持続的なエコ農業でした。田んぼの畦草は役牛のエサや敷料にし、糞尿は堆肥にして田畑に戻す。稲わらは縄、ムシロ、カマス、雨具、わら靴、わらじなどに加工した。「切れたワラジとて粗末にするな。お米育てた親じゃもの」という歌もあった。米のとぎ汁まで牛に飲ませた。だから、昭和35年ごろまで、農家から出るゴミは何もなかった。成長ではなく循環です。パーマカルチャーですよ。
 大規模ではこれができません。典型的な例が畜産です。畜産は、近代化政策のなかで農業から飛び出して、畜産加工業という別の産業になってしまった。その結果、生産に必要なものすべてを「外」に求めることになり、エサ代の値上がりなど外部要因にふりまわされてきた。しかも、糞尿は産業廃棄物となり、田んぼの草は邪魔者となってしまい除草剤をかけている。資源がまったく循環しないどころか、大事な農業資源を産業廃棄物として処分している。こんなバカな話がありますか。

(写真)
生産と消費の近さを生かした直売所


◆農業がふるさとを守る

水の共有で成り立つ日本の水田 鈴木 「小農」と「大農」、どう定義したらいいでしょう?
 山下 私が昔大好きだった守田志郎という学者は「面積ではない。目的だ」と言っています。家族がそこで暮らすことを目的としてやっている家族農業は、どんなに大規模でも「小農」。逆に、人を雇うなどして利潤追求を目的とする農業は、どんなに小規模でも「大農」。同感です。私は小農を「百姓」、大農を「農企業」と区別しています。日本は、まだ99%は小農でしょう。
 鈴木 暮らすことが目的の小農ということですね。しかしその小農は、高齢農家、定年帰農、兼業農家、土地持ち非農家までさまざまです。山下さんはすべてが地域にとって大事だと評価しています。
 山下 百姓には専業、第一種兼業、土地持ち非農家などの区別はありません。みんな同じ百姓であり、共同体の構成員で、同じ村人ですよ。百姓はその土地で暮らしていくために何でもやってきました。兼業も副業も暮らしの内です。あえてひと言でいえば「農畜林水産加工業」ではどうか。
 鈴木 「大農」の典型である企業による農業経営についてどう思われますか。
 山下 株式会社はダメだと思います。儲けを目的とした農業は続きません。儲かる品目を儲かる間だけしかやれない農業です。規模拡大した農業経営体が破綻したら、次の受け皿はどうなりますか。決してふるさとは守れません。

(写真)
水の共有で成り立つ日本の水田

◆同体の意識でつながる

 鈴木 暮らしとしての農業には共同体がつきものです。農村の若者にとってその共同体と個の確立の両立が課題ではありませんか。
 山下 日本の農村は「運命共同体」などと言われますが、その根っこは、田んぼに使う水にあります。田んぼは個人所有ですが、水は共有です。水は上から下に順番に流れるのに、「自分だけ先に」というわけにはいかない。和を大事にするしかない。これが「自我を殺す」という一面にもつながる。
 我を殺すといっても、いまは昔ほどではない。私の若いころは村の縛りも家の縛りもすごかった。だからこそ個を主張し、出ていく価値もありましたが、いまはすっかり変わりました。 それに、日本の若者には共同体の精神がDNAとして残っていると思います。長男が外国に留学したとき、留学先の先生にやはり日本人だなと思うことはあるのかと聞いたら、礼儀正しいとか、先輩後輩の関係を重視する態度が日本人らしいと言ったそうです。これこそ共同体の精神です。
 鈴木 最後に、大半が小農である日本農家の未来について、山下さんの考えを聞かせてください。
 山下 TPPで関税が撤廃されると、日本の食料自給率は27%に、全世界に向けて撤廃すると13%になるといわれています。これは逆にいえば日本人の13%しか国産農産物は食べられなくなるということです。国内産は日本国民にとって高嶺の花になりかねない。
 一方で、TPPには労働の自由化も含まれますから、加盟国の最低賃金も下がるでしょう。都会で安い賃金で自殺したくなるまで絞られて暮らすより「田舎に帰って百姓をやったほうがマシ」という状況になれば、帰ってくる人も増える。実は農村に根を持つ人たちは都会にいても地下茎のように農村とつながっているんです。しかしそれが統計では見えないから農村に人がいない、いない、と騒ぎ立てることになる。
 そこにこそ、いま小規模農家が踏ん張る価値があると思います。きっと、そういう時代になりますよ。そして、日本が小さな農業でがんばれれば、少なくともアジアのモデルにはなれるのではないかと思います。


【インタビューを終えて】

7月13日、羽田空港にて。(左はインタビュアーの鈴木利徳氏) 今年77歳になられる山下惣一氏の論旨明快な語り口は健在である。大地にどっしりと根を下ろした、生命力のある思考は今なおみずみずしい。棚田が多くて規模の拡大ができず、それゆえに変わりようがないふるさとで、どう暮らしを維持していくかを模索し続けてきた山下氏が悟った農業観、ふるさと観の一端がここに語られている。
 国際競争に勝つことや成長することだけが唯一の道であるかのように錯覚している風潮に対して、ふるさとを守り続けるのは誰かと問い、暮らしを持続することの重みに目を向けるように説く。“家族がそこで暮らすことを目的とする農業”を守り抜くために、高齢農家も定年帰農者も、兼業農家も土地持ち非農家もみな地域にとって大事だといい、経営規模によって“暮らしを線引きすることはできない”と語る。
 多様な農家の存在がふるさとを守る。そうすることで共同体の精神もDNAとして受け継がれていく。守り抜きたい「国のかたち」がそこにあるように思われる。(鈴木利徳)

(写真)
7月13日、羽田空港にて。(左はインタビュアーの鈴木利徳氏)

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