150年間受渡し不履行がなかった堂島米市場【熊野孝文・米マーケット情報】2025年7月8日
都内の大学でコメ先物取引の歴史や仕組みを教える授業が開催された。講師として登壇したのは堂島米市場の生みの親「淀屋常安」(1560年?-1622年)。江戸時代の大阪商人常安に扮した方が堂島米市場の成り立ちや売買の方法について当時の様子をスライドで示しながら説明したのだが、まずは淀屋のスケールの大きさに驚いた。歌川広重の浮世絵「堂島の米市」で知られる淀屋の軒先で始まったコメ取引は、淀屋の2万坪の敷地で間口が180メートルもある場所で、1000人もの仲買人が参加して行われた。淀屋は米蔵を730も所有しており、大名への貸付金が現代の価値に換算して100兆円もあったという。ここで行われた「帳合米取引」が世界のデリバティブ取引の先駆けになったもので、ハーバード大学ビジネススクールの教材になっている。
1730年に幕府の公認を得た堂島米市場のコメ取引の特徴をいくつか挙げると、まず、取引されるコメは現物ではなく「米切手」という証券。米切手は1枚10石(1・5t)に統一されており、仲買人は米切手を転売出来たので市場流動性が一気に高まった。米切手は各藩が発行しており、米切手を買った持ち主が堂島周辺に建てられた藩の米蔵に行って米切手を差し出せば現物と交換できた。現在で言えば米切手は倉荷証券に当たる。ただ、コメの証券米切手で売り買い出来るようにしただけでは市場流動性は十分でないため、堂島の商人たちは、商取引の歴史上で革命的ともいえる2つの取引方法を編み出した。
ひとつは、各藩が発行する米切手だけの取引では相対で取引する以外にないため、これでは短時間に大量の取引を行うことは出来ない。そこで代表的な指標になる取引対象を「建物米(立物米)」という名目上のコメを決めて取引するようになった。各藩の銘柄米はこの建物米から仲買たちの話し合いで決められた格差で売り買いされた(格付け取引の導入)。さらに取引の清算は帳簿上で行うことにして、売値、買値を両替商を通して毎日差額分だけを清算することにした。この清算機構を「消し合場」と呼び、物の移動が伴わないため飛躍的に取引高が伸びた。この消し合場は、現在のJSCC(日本証券クリアリング機構)で、金融商品取引の清算機構の先駆けである。この清算機構があって初めて先渡し条件の「反対売買」による取引が可能になった。江戸時代の消し合場では、先行きの取引(先物取引)で約定しているものを受渡し期日までに、買い人に対しては売り戻し、売人に対しては買戻しを促すこと(反対売買)によって差額だけを帳簿上で清算する方法を考え付いた。このことこそが江戸時代に産声を上げたコメの先物取引市場「帳合米取引」が世界のデリバティブ取引の嚆矢になったと言われる由縁である。
大学で江戸時代の米取引市場の授業があった翌日、千代田区平河町で農政調査委員会が主催した第一回米産業・米市場取引に関する懇話会が開催され、この中で「先物市場がその機能を十分に果たすため」の課題と試案が示された。当業者が活用できるようにするために「現物市場・先渡し市場と先物市場の連携」として以下のような項目が上げられた。
① 現物、先渡し市場の利用者(当業者)にとってヘッジを可能にするには、ものが授受されないと困る。
② 先物市場で現物の授受が可能になるような追加ないし修正の申請を行う。
③ 現物市場を併設する(または買収する=堂島グループ内で完結)
④ 現存する現物市場と強い連携(たとえば、限月1カ月前には、格付け表ともども現物市場に通報・掲示し現物での決済に移行)
⑤ 指数・現物換算アプリを一般化
⑥ 例えば「希望受渡し」のような仕組みを先物取引の流れの中に構築し、先物取引ルート、最終決済段階で現物取引も決了させる。(ここのポイントは、先物ルート上なのでJSCCの債務引き受けの対象になるように措置し、指数と現物の間の格差「銘柄間、新古格差、運賃など」は第三者が限月ごとに定めなければならない。)
以上なようなものだが、これらのことは堂島取引所、会員商先業者、コメ卸団体、生産者団体、実需者団体等が参集して実現に向け協議を重ねれば可能なことばかりである。
江戸時代に発足した堂島米市場での革新的なコメ取引手法は、それを考え付いた堂島の米商人たちの天才的ともいえる柔軟な発想にも驚かされるが、最も驚いたのは、この取引手法で「150年もの間契約不履行が一度もなかった」と聞かされた時である。江戸時代は人口が3100万人程度で、コメの生産量は400万t程度と言われる。現在よりも豊凶の差ははるかに大きかったと思われるが、その中で堂島米市場では一度も受渡し不履行がなかったという事実に、当時の商人たちの商取引の意識の高さに感嘆せざるを得なかった。
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