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コラム:地方の眼力

【小松 泰信(岡山大学大学院 環境生命科学研究科教授)】

2017.11.15 
CPTTP大筋合意が教えていること一覧へ

 11月11日、米国を除く11カ国での発効を目指す新協定、いわゆるTPP11の大筋合意を発表した。新協定の正式名称は「包括的および先進的な環太平洋連携協定」(略称CPTPP)。今回は、新協定に関する各紙の社説を中心に検討する。

◆危機感を募らせる地方紙-出色の北海道新聞と福井新聞-

 多くの地方紙が農業への影響を中心にCPTTPへの危機感を募らせている。
"「合意ありき」は問題だ"とする北海道新聞(8日)は、「共同議長を務める日本が早期決着に前のめり」とする。そして、「北海道にとっての最大の関心事は、米国の離脱に伴って農業分野にどんな影響が及ぶかである。そうした肝心な情報がきちんと開示されないのも問題だ。安倍政権は、自国の産業に悪影響を及ぼすような拙速な対応をしてはならない」とクギを刺す。そして、「本来は11カ国で一から再交渉するのが筋だ。...国内への影響もまったく考慮されていない」とした上で、乳製品輸入枠を例に「TPP枠がそっくりニュージーランド製品などで埋まれば、実質的な輸入枠拡大になりかねない。道内の生産者の経営に直結するこの問題について、首席交渉官会合では議論にすらならなかった。...農業を犠牲にするようなやり方は到底納得できない」と、憤る。そして、「当の米国が離脱したのに、"負の遺産"を残す意味はあるのか。そもそもTPP11についての国会論戦や情報開示も不十分だ。合意を急ぐ理由など全くない」と、厳しい指摘。
 "疑問だらけの新協定案"とする12日の社説では、「大筋合意を優先し、国内の懸念を置き去りにした対応も批判を免れない。道内からも要望のあった農業分野の協定内容見直しについては結局手つかずだった。...このまま受け入れるわけにはいかない」と怒る。しかし冷静に、「安倍政権の狙い通り、これがトランプ米政権の志向する2国の自由貿易協定(FTA)の『防波堤』となる保証はない。...TPP水準以上の関税撤廃や削減を求めてくるのは確実だ。...各国が、旧協定の『高水準の自由化』を受け入れたのは、世界の国内総生産(GDP) の4分の1の米国市場に好条件で進出できる見返りがあったからだ。...11カ国の足並みの不安も顧みず、なぜ日本が発効に前のめりになるのか。政府は何よりもまず新協定案を丁寧に説明し、数々の疑問に正面から答えるべきだ」と迫る。
 "やはり農業は置き去りか"とする福井新聞(14日)は、「いかにも拙速、その場しのぎの『仮協定』」と皮肉る。そして、「確かに多国間協定は自由貿易が保証され、交易が盛んになる。とはいえ、本来国には守るべき産業や文化がある。国民が営々と育んできた独自の価値体系だ」と、瞠目すべき指摘。最大の問題は農業分野として、「成長一辺倒の安倍政権は農業分野も成長戦略に位置付けるが、中山間地の小規模農家や厳しい価格競争にさらされる酪農家は経営の危機に瀕し、耕作放棄地は一層拡大するだろう。...少々高くても安全で生産者の顔が見える農産物を国内で地産地消することが、農の持つ多面的な機能保全と自給率向上につながる。日本型農業の在り方を国会でまともに議論すべきだ」と、注文を付ける。


◆賛意にあふれる全国紙

 危機感を募らせる地方紙とは異なり、全国紙は歓迎ムード一色である。
日本経済新聞(11日)は、議論を主導した日本の努力を称え、新協定を米国からの理不尽な要求に対する防波堤と評価する。その上で、米国に対する復帰の働きかけと、アジア太平洋の自由貿易の先導役を果たすことをわが国に求めている。
 産経新聞(12日)も、「経済大国にふさわしい責務を果たせたのは特筆すべきこと」と称えている。そして、「日本は、米国が攻勢をかけても前のめりに動く必要はない。まずは米国にTPP復帰を促すことを基本とすべきだ。それで折り合いがつかなくてもTPPの合意水準を超えるような要求に安易に応じる必要はない」と指南する。
 読売新聞(12日)は、「米国で高まる保護主義に『待った』をかける重要な一手」「米国の圧力をかわす安全弁となり得る」と評価しつつ、「まずは米国にTPP復帰を促すのが筋」とする。そして、「新協定の関連法案について再び国会審議が必要になる見通しだ。政府には、米国抜きの協定内容と意義を丁寧に説明し、国民の理解を広げる努力が欠かせない」と熟議を求めている。この言葉、産経新聞の御指南とともに記憶にとどめておく。
 朝日新聞(12日)は、「問題は、米国をどうやって呼び戻すかだ」とした上で、「二国間の協定では、...グローバル化に十分に対応できない。電子商取引などの新たなルールを広げるためにも、多国間の枠組みが理にかなっているし、米国の利益にもなる。そう説き続けることは、日本の役割である」と、これもまた尻をたたく。
 毎日新聞(12日)も、新協定を「トランプ政権への防波堤」とするとともに、「そもそもTPPが目指すのはアジア太平洋地域の経済底上げである。米国の利益にもつながるはずだ。...今回の合意は米国に復帰を促すてこになる。...米農業界で復帰を求める声が高まることも予想される。安倍晋三首相はトランプ氏と『深い絆で結ばれた』と語る。その関係は説得に生かすべきだ」と、米国へのアベに劣らぬ気遣い。トランプの高笑いが聞こえてきそうだ。
 全国紙に共通するのは、大筋合意への賛意、新協定防波堤論、米国に復帰を促す、そしてわが国の農業問題についてはまったく触れていないこと。


◆評価すべきトルドー首相の姿勢と農業保護の放棄

 毎日新聞(12日)の記事が、カナダのトルドー首相が11日の記者会見で「カナダにとって最善の協定にするために、まだ作業が残っている」と発言したこと、そして協定内容の未解決項目には、カナダが断固として譲らない姿勢を見せている文化保護に関するものが含まれており、年明けのTPP署名までには曲折も予想されることを伝えている。
 これに関連して日本経済新聞(14日)の記事は、安倍首相が「特定のテーマに関心があるなら考えるから言ってほしい」と、トルドー氏の説得にあたっても、氏は明確な理由を明かさなかったとのことと、「会談後、安倍首相は激怒していた」と首相同行筋が振り返ったことを伝えている。
 詳細は分からない。ひととなりも分からない。しかし、国の行方を背負う者として、これくらいの姿勢は当然。政治の私物化に余念のないこの国の首相とは比べるのも失礼な立派な姿勢として、トルドー首相に拍手を送る。
 日本農業新聞(12日)の記事は、「世界貿易機関(WTO)交渉などで日本が〝多様な農業の共存〟の理念を掲げていた時代が懐かしい。農業交渉の戦略がなし崩しになっていないか」と憂う、農業交渉をよく知る農業関係者の嘆き節を紹介している。
 そうなのです。現政権に、わが国の農業を保護する気はさらさらないことを大筋合意劇が教えている。TPPには戻らないとするトランプの機嫌を損ねぬよう、FTAとなれば農業という貢ぎ物を大盤振る舞いするはず。トランプ訪日時の脳天気なはしゃぎ方を見れば容易に想定されよう。万一、米国が戻ってきても良いように各種輸入枠は残し、足らなければお出しするはず。
 ただしその時も安倍政権であればの話だが。
 「地方の眼力」なめんなよ

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