(228)パラオと「ウカル樹」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年4月23日
先日、パラオから編集部にメールを頂きました。実は、昨年夏、「『夾竹桃』に思う」(2020年7月17日、No.189)というコラムを書きました。「ウカル」というパラオの植物、これが取り持つ不思議な縁です。その方を仮にFさんとしておきましょう。
「夾竹桃の家の女」の舞台は、かつて日本の南洋庁が置かれていたパラオであり、そこに勤務した中島敦が書いた小説に登場する様々な植物名は非常に興味深い。
昨年コラムを書いた際、いくつかの植物名は調べたものの、「ウカル樹」がどのようなものかが不明であった。思い浮かぶアルファベットの綴りから、例えばユーカリ(eucalyptus)のようにオセアニアから南洋諸島と言われた地域に広く分布している木のことなのか、などといろいろ考えたが、結局わからなかった。その結果、当時のコラムでは、疑問は呈したが答えの無い内容を記すこととなったことはお恥ずかしい限りである。Fさんによれば、「ウカル」はパラオ語であり、 " Ukall " と綴るようだ。
ご本人ご自身の興味もあり、疑問を現地の古老に尋ね、一定の答え(マメ科の大木)を取得した上で、「中島敦氏の短編はこれからも日本で読まれて行くでしょうから、こういった情報をどこかで共有したい」と感じ、連絡をくれた訳だ。かつては広く知られていた呼び名が忘れられていくのが残念であり、せめて小説に出てくる名前だけでも情報共有したいとの事である。
当時の日本とパラオを始めとする南洋群島、つまり現在のミクロネシアとの様々な関係をこのコラムで取り上げるにはとても余裕がない。だが、Fさんの指摘はもっともである。小説の中の植物の名前を確認すること、これは関心を持った読者には当然である。以前のコラムでも記したが、小説の完成度が高いため、現実のパラオや「ウカル樹」を知らなくても状況がリアルに想像できてしまうところが作品の凄さだ。
筆者も昨年のコラム執筆後、1~2度、調べてみたがそのままになっており、余り進展していなかったが、Fさんの行動が調査のギアを1つ上げてくれた。Fさんのヒントを元に、これまでとは異なる視点から調べたところ、大昔の調査報告に記載されたものにたどり着いた。
植物としての「うかる」の説明の後に、「パラオニテハ最モ有用ナル材の一ニシテ建築、家具トシ島民ハ丸木舟ノ用材トシテ最モ貴重ス」という説明が見られるため、ほぼこれで間違いない。古老は流石である。また、Fさんもこの報告のことはご存じであった。
最後に、「ウカル樹」が登場する最初の部分を青空文庫から抜粋しておく。
「疲れる。呼吸が詰まるやうだ。眩暈を感じて足をとどめる。道傍のウカル樹の幹に手を突いて身体を支へ、目を閉じた。」
* *
『夾竹桃の家の女』は現代語で3800字程度の短編です。是非、読んでみて頂ければと思います。これで何十年も燻っていた疑問のひとつが解消されました。これ、もしかすると筆者と同世代の多くの人の疑問を明らかにしてくれたのかもしれません。Fさん、添付の「ウカル樹」の写真も含め、本当にありがとうございます。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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