素直に喜べなかった春【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第272回2024年1月4日

土が見えない。緑が見えない。冬の山形はすべてが雪の下となる。もちろん緑がないわけではない。松、杉の緑はある。しかしそれは堅く黒い緑であり、柔らかく青い緑はない。11月末から3月初めまでほぼ毎日、灰色の曇り空、白い雪を灰のように降らす空の下に閉じこめられる。
3月半ばになって、陽がよく顔を出すようになり、野山を照らすようになったある日、溶けて少なくなった雪の間から畑の土の黒がちょっとのぞく。雪に囲まれたほぼ円形の土、雪解け水をしっぽりと吸い込んだ黒い土から、ハコベの緑色が白い枯れ葉をつけて、ちょこっと明るい陽に浮き立つ。
お彼岸近くになるとさらに日差しが強くなる。畑には汚れた雪がわずかに残るだけとなる。濡れた黒い土からゆらゆらと陽炎(かげろう)がのぼり、家の壁を、塀を、柿の木の枝を揺らす。
うらうらとした陽が暖かく田畑を照らす日、お念仏の鉦の音がカーンカーンと遠くからのんびりと聞こえてくる。近所の中高年のご婦人が集まって各家を順次まわり、大きな数珠を回しながら南無阿弥陀仏を唱えるお彼岸の念仏講の行事が始まったのである。
そのとき、思わず「ああ春だ」と言ってしまう。行動範囲の狭められていた子どもたちが一斉に外に出て駆けずり回る。幼い子どもにとって雪解けは喜びだった。
しかし、大人にとってこの時期は農作業の準備が始まる時期でもある。今年もまた辛い農作業が始まるのかと思うと憂鬱になる。辛い辛い季節の始まりだ。思わずため息が出る。素直に春を喜べないのである、
もちろん、冬も農家は仕事をしている。前にも述べたが、縄、筵、俵、草履、草鞋等々のわら工品づくり=わら仕事がある。山間部では炭焼きがある。自家用として、販売用としてこれは不可欠である。でも春から夏にかけての重労働に較べたら楽なものだ。あまり金にはならないけれど。
また家畜の餌やり、これも欠かすわけにはいかない。もちろんこの餌やりは年中毎日、しかもそれは家に子どもがいれば子どもの仕事だった。
私の生家では、牛、山羊、鶏、兎(戦時中だけだったが)、羊(戦後だったが)を飼育していたが、その朝晩の餌やり、山羊の搾乳は子どもの私の仕事だった。それはそれとして、こうした家畜にとってもおいしく新鮮か草が食べられるようになる春はうれしかったのではなかろうか。
わが家で飼っていた役牛もそうだったのだろうか。このように考えるのは牛もだったのではなかろうか。緑のおいしい草を食べられるようになるのはうれしいが、苦しい耕起・代掻きの作業の始まりを示すものでもあるからだ。
ギラギラ光る太陽の下で厚い毛皮を汗で濡らしながら、苦しそうによだれを流しながら田んぼや畑のなかを重い鋤をつけて耕起作業をさせられる、やはり憂鬱になったのではなかろうか(どうかわからないが)。
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