【坂本進一郎・ムラの角から】第23回 日本の河は滝のごとし2019年10月30日
(1)フェスカの予言
冒頭のタイトルである『日本の河は滝のごとし』は、ドイツ人であるマックス・フェスカの言葉である。否、その言い回しは正確でない。実はフェスカを知ったのは大学の学生のころである。学生は新しいもの、物珍しいものが好きで、この時フェスカのことを教えてくれたのは物知り顔をした先輩学生だ。彼は新米学生にわかりやすく説明するには、「滝のたとえ」を引き合いに出した方が都合よかったのであろう。というのは「日本の河は滝のごとし」の言わんとすることから遠からず、近ければ納得いくことだからである。
そこで今回この言葉を確認しようと思い、フェスカの書き物を探したが見つからなかった。もしかして先輩学生が意訳したこの言葉をその後何十年と吟味する機会もなく、その結果フェスカの言葉として頭にこびりついて今日におよんだのかもしれない。そこでわき道にそれるが、そのへんの消息を探るため地質学者としてのフェスカが、日本の河川、山容を見てどう感じたのかを見てみよう。
フェスカは明治15年(1883)日本政府の招聘によって来日、明治27年(1895)までの12年間日本に滞在した。フェスカは日本滞在中、日本を歩いて土性調査を行い、日本最初の地質図を作った。兼務だった駒場農学校では、前任のイギリスの教師がただイギリスの農業を講義したのとは異なって、日本の農業を研究し講義した。
フェスカは日本滞在中に『日本地産論』を出版した。その中で、日本の山岳、河川の特徴について次のようにいう。
「日本ニ於ケル花崗岩質ノ山岳ヲ、ドイツ及ビ中央ヨーロッパ山岳地方ノ人之ヲ一見セバ実ニ奇異ナル感情ヲ起コスナルベシ」
なぜヨーロッパ人は日本の花崗岩質の山岳に奇異の感情を起こすのか。日本の花崗岩質の山岳はひび割れか、砕かれており、ヨーロッパの山岳のようにひび割れも、破砕もされていないノッペラボーの一枚岩は見つけることが困難だからである。この結果、日本の山岳は峻険な岩石も表面を磨かれ円形であるが、山頂から麓まで峻険な傾斜が走る山容をなしているのが特徴だとフェスカは言う。破砕、ひび割れを起こすのは、日本の山岳は激しい風化作用を受けるからである。
それなら山岳に降った雨はどうなるか。フェスカは次のように言う。
「日本ニ於ケル山岳ハ、渓谷ヨリ平原ニ達スル間ノ傾斜甚ダシキガ為メニ、広イ平原ヲ構成スルコト少ナク、従テ河川ノ水源ヨリ海浜ニ到ル陸地ノ流勢急ナルガ故ニ、所謂平流ト称ス可キモノナキコトアリ」
ドナウ川も氾濫することがあるが、後背地が広いのですぐ水害になることは避けられるという。だから日本の河川についてフェスカは「今若しドイツ人にして初めて日本の河川を見れば、心中必ず奇異の感覚を生ぜん」と驚いている。というのは乾季には河川は四町歩余の広い川床を持ち、ただ中央に細流を有するに過ぎない。だから渡渉には樹木を横架して橋梁として容易の渡渉が可能なのだ。ところが一朝霧雨の季節になると河水忽ち漲溢(ちょういつ)し、乾燥してカラカラの河底も大河となり、橋梁を破壊し舟行を妨げ、数日あるいは数週間まったく通行を遮断するに至る、のである。
(2)堤防決壊と濁流が人々に襲いかかった台風
19号台風による死者87名、行方不明8名(両者とも10月26日時点)および大規模な家屋浸水被害があった。今度の台風が超大型になったのは台風発生地の北太平洋の海水温度が平年より2~3度高い30度で、その海水温度を保ったまま日本に押し寄せてきたからである。今度の台風の特徴は、超大型であると同時に堤防決壊箇所の多さである。
堤防決壊は発表機関によって数字が違うが、国土交通省によると関係河川は55、決壊数79(10月16日現在)。フェスカの時代と今日では乾季には川の水はチョロチョロ流れ、雨の時は奥羽山脈に降った雨が日本海や太平洋を目指して滔々と流れるという状況は変わらないはずである。何が変わったか。雨の降り方が局所的で降り出したら降雨量がただならぬこと。温暖化による海水温が上昇したこと、これは深刻だ。このままでは巨大台風は止むことはないからである。地面がコンクリートで覆われ降った雨が地面に吸収されないことも変わった点であろう。もちろん、治水の中核はダムと河川の堤防であろう。この点、フェスカの時代に比べて堤防が増えたのは安心材料かもしれない。しかし、万全ではない。そのことは今回の台風で示された。堤防に寄り掛かって油断があったからである。
長野市は千曲川の決壊で最大深4.3mの浸水があったという。加藤久雄長野市長は反省の気持ちを込めてテレビで次のように語っている。
「84年に計画に基づいた堤防補強工事は終わった。そして破損しないという安心感があった。そこに油断があった。今後は温暖化にも対応しなければならない」
油断の象徴は、北陸新幹線長野市長沼の車両センターに駐車していた車両120両が水に浸かったことであろう。ここはもともと低地で遊水地であった。だから水がたまるのは当然なのだ。こうなるときちんとした河の管理も必要かもしれない。例えば、泥のたまった川底を掘削する等である。大潟村はゼロメートル地帯なので不断に排水が必要だ。大雨の予想されるときには事前に幹線排水路や支線排水路の水位を下げておく、そうすればダム効果を期待できるからである。
ケガの功名だが、『日本の河は滝のごとし』という言葉に出会わなかったら、こうしてフェスカ先生にもお目にかからなかったであろう。
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