花粉症と杉鉄砲【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第236回2023年4月20日
私はなぜか花粉症になったことがない。
といっても、子どもの頃の私はいつも鼻水を垂らしていた。ただしそれは蓄膿症のせい、春とは限らず一年中だった。しかし、高校のときに手術をしたので鼻水は前のように出なくなった。戦後かなり経ってスギ花粉症が問題にされるようになったが、その飛散時期もまったく平気、何の影響もない。でも、これは手術とは直接的な関係はない、だから何で花粉症にならないのか理由がまったくわからなかった。ともかくずっとこれまで花粉症とは無縁の暮らしをしてきた、他の病気にはいいろいろかかっているのだが。
子どもの頃、杉の花粉を遊びの材料とし、何粒も何回も口に含んで遊んでいたにもかかわらずである。
私たちの子どものころ、ましてや農家の子どもたちはおもちゃなど買ってもらえなかった。私の場合は町近郊の農家なので、近くに商店街があり、一銭こ屋(=駄菓子屋)もあって、たまにお小遣いをもらってそこに玉コロ(ビー玉)やバッタ(めんこ)などを買いにいくことはあったが、その程度でしかなかった。
だから葉っぱや花、石や棒きれ、虫、小魚などの自然にあるもの、縄やわらなど農業に関係のあるものをおもちゃにして遊ぶより他なかった。
その一つに杉鉄砲があった。
竹ひごがぎりぎり入るくらいの穴の開いた細い竹を10㎝と3㎝(だったと思う)の長さに切り分け、短い方の竹の穴には竹ひご(長い方の竹の穴にぴったり入るくらいの長さ)を刺したり出したりできるようにする。
これで鉄砲はできあがり、その鉄砲の長い方の穴に「杉の実」(と我々は呼んでいたのだが、これは杉の「雄花」であり、そのごく微小の花粉が集まって形成された米粒程度の小さな粒のこと、その粒の表面を覆う鱗片のすき間から大量の花粉がまき散らされる)を弾丸として指で刺し入れる。
続いて、短い方の竹筒を持ち、その先端の竹ひごて杉の実(杉花粉の塊の粒のことなのだが、私たちはこう呼んでいたので、これからこのように呼ばせていただく)を突いて穴の奥(先端)まで差し込む。
それから、また長い竹筒に杉の実を指で詰め、左手に持つ。これで準備は完了、右の手で竹ひごを刺し入れてある短い竹筒を持ち、杉の実の詰まっている長い竹筒を左手に持ち、その穴に静かにちょっとだけ短い竹筒の先端の竹ひごをあてがう。そして狙いを定めて思いっきり右手で短い竹筒を突く。
そうすると先端に入っていた杉の実が空気圧で押し出されて、ポンと飛び出す(空気銃と同じ原理)。つまり発射されるわけだ。うまくいくと3~4mも飛ぶ。
それを友達とお互いに「撃ち」合って遊ぶのである。
これは楽しかった。だからこうした遊びのできる杉の実の出る季節、これが楽しみだった。
この杉の実が花粉であり、本当の杉の実は別物であると知ったのは、花粉症が騒がれるようになった1960年代になってからだった。
でも、どうしてか、私は花粉症ではない。あれだけ杉の実で遊んでいたにもかかわらずである。
その理由がわかったのは、1970年代に入ったころではなかったろうか。
私の勤めていた東北大学農学部の建物の裏にある実験圃場に用事があって行ったときのことである。
行き先は植物育種学講座(現・「植物遺伝育種学分野」)のハウス、アブラナ科の育種の研究で世界的に有名な研究室であることもあって、春になると教職員から学生までそこに入って多様な菜の花の交配に精を出していた。ある品種の花粉をピンセットで採り、それを別の品種の花の雌しべに付けて交配するのだが、当然それで花粉症になる人が出てくる、はずである、と思って何の気なしに聞いて見た。
そしたら何と、何年も交配をしているのに花粉症にならない人もいると言う。なぜなる人とならない人という違いが出てくるのかと聞いたら、さすが研究者、調べていた。
ピンセットで花粉を取って別の品種のめしべに付け終わった後にピンセットに残った花粉をきれいに取り除いて次の交配をしなければならないが、そのさいちり紙やガーゼなどで拭く人は花粉症になり、ピンセットを口に入れて舐めてきれいにする人はならないのだそうだ。
それを聞いたとき、はっと杉鉄砲のことを思い出した。そしてひらめいた、子どもの頃、うまく撃てるようにと杉の実(=花粉の塊)を舐めて杉鉄砲の穴に詰めていたから、私は花粉症にならないのではなかろうかと。
杉花粉の塊である「杉の実」なるものを口に含むという野性的な遊びが今になって身を護ってくれているようなのである。
そうなると、子どものころに杉鉄砲をつくらせて遊ばせる、これを花粉症対策として推奨する必要があるのではなかろうか。もちろんこれは冗談、でも何かの足しになるのではなかろうか(もうこんなことは百も承知、今更無駄、というものだろうが)。
この3~4年、花粉症はあまり騒がれなかったような気がするのだが、コロナコロナで話題にならなかっただけなのか、みんな一年中マスクをしているので花粉症がひどくならなかったためなのか、よくわからない。
そんなことを考えていた3月末のある日、朝食を食べた後何の気なしに民放のテレビチャンネルに合わせたら花粉症を特集しており、そのなかで「舌下免疫療法」という治療法を紹介していた。聞いていたら何と、アレルギーの原因物質(アレルゲン)を少しずつ体内に吸収させることでアレルギー反応を弱めていく治療法なのだそうである。
要するに杉花粉をなめさせる訳だ。これはまさに子ども時代の私たちのやっていたことではないか。
舌下免疫療法のことなど今はみんな百も承知、こんなことを語っても無駄というもの、「下手な鉄砲 数打ちゃ当たる」ならまだいいが、「無駄な杉鉄砲 いくら打っても当たらない」か。でもまあ、昔々の子どもの遊びにこんなものがあったということを知っておいていただくだけでも、あるいは思い出していただくだけでもいいのではなかろうか。そう思わせていただきたいと思っているところである。
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