ホップの摘花【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第248回2023年7月20日
私の後輩研究者で東京農大オホーツクキャンパス勤務時代の同僚だった美土路智之さんによれば、「私の小学校時代(1960年代)の地理の授業で山形の農産物にホップがあげられていた記憶がある」とのことである。
それを聞いたときには驚いた。当時こうした作物まで東京の小学校の教科書に取り上げられていたのである。農業がいかに重視されていたかがよくわかる。今の農業無視時代とのあまりの違い、まさに隔世の感である。
まあそれはそれとして、この山形の内陸部、出羽三山の最高峰・月山の麓にある西川町のホップ栽培農家をお訪ねしたとき、その年初めて導入したという「花摘み機」によるホップの摘花をやっていた。
そこで毬(きゆう)花(か)と呼ばれる花のような実を私は初めてまともに見たのだが、その機械は稲の脱穀機に非常によく似ていて、円筒状のこき胴の表面に逆U字状の鉄線でできたこき歯が並んでいた。こき歯の間隔が米の場合よりも大きく、こき胴の回転がおそいというのが違っているだけである。回転しているこのこき胴に畑から収穫してきたホップのつるを入れる。すると葉と花がこき歯に引っかかって落ちる。葉はこき胴の回転の風で遠くに飛ばされ、花だけが下に残る。
これは革命だった。
そもそもホップは労働力が多くかかり、一戸で10~20aくらいしか栽培できず、家族労力が多いか、雇用が容易に手に入りやすいかでないと導入も拡大もできなかった。なかでも労力がかかったのは収穫作業だった。はしごをかけて高いところに登り、花に傷がつかないように気をつけながら一粒ずつ手で摘むのだから、10a当たり40~50人、総労働時間の半分も収穫にかかるのである。しかも危険だった。
ところが今度は、つるを花のついたまま切り落とし、それを畑から家に運んできて花摘み機に入れ、花を落とすというのだから、4~5人ですむ。労働力の流出で人手不足となりつつあった農家は非常に喜んだものだった。
もう一つの大変な作業は乾燥で、小屋などで練炭や炭火で乾燥し、それを広げて熱を冷ます、これも神経を使う大変な労働だったのだが、農家の方たちはこの省力化のための乾燥施設を共同で導入するために補助融資を当時強く希望していた。
その後西川町には何回となく調査や講演に行ったが、このホップ乾燥施設が導入されたかどうか聞いていない。でもきっと導入されたのではないかと思う。政策的な援助が展開されていたからである。
高度経済成長にともなうビールの消費の急速な伸びと同時にホップの需要も増加し、ビール会社はその作付契約面積を拡大しようとした。
これに対応してとくに山間地帯の農家は相対的高所得作物として導入拡大しようとした。
しかし、ホップの需要拡大をもたらしたのと同じ経済成長で労働力は流出し、また諸物価は上昇してこれまでの零細面積では生活できない。これを解決するには省力化と規模拡大しかない。そこで技術革新が進められ、そのための政策的な援助が展開されたのである。
1960年代、こうして技術革新が進んでいった。
同じく1960年代、夏になると仙台の街のビルの屋上に赤提灯が賑やかにきらめくようになった。ビアガーデンである。勤め帰りのサラリーマンが涼を求めてそこに群がった。男だけではなかった。若い女性もジョッキを傾けた。平和を、民主化をしみじみ感じたものだった。その頃までは国産のホップ、ビール麦もそのジョッキを満たす一部となってくれた。
戦前にはビールなど飲めなかった農家も晩酌に飲む、みんなで飲み合う、いい時代になったと思ったものだった。
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