遊び疲れて【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第259回2023年10月5日
カラスが2羽、3羽と夕焼けの空高くまっしぐらに飛んでいく。巣に帰るのだろう。そろそろ夕方、帰らないと台所で夕食の準備をしている祖母に怒られる。非農家の子どもたちはお母さんに怒られる、それに気が付いた誰かが歌う、
「カラスが 鳴くから かーえろ」
みんなもそれにあわせてまた歌う。そのうち誰かが別の唄(と言っていいのかどうか、ちょっと節をつけて大声を出すだけたが)を歌う、
「あーした てんきに なーあれ」
そして片方の足の下駄をボーンと前に飛ばす。みんなも同じようにして飛ばす。裏返しになれば雨だ。雨では外で友達と思いっきり遊べない、何とか表になるように願いながら飛ばす(自動車などほとんど通らない時代だから平気だった)。
そして明日を、また夕ご飯を楽しみに、夕陽を背中に受けながら家に向かって歩き出す。時にはこんな唄を歌いながら。
「さいなら三角 また来て四角 四角は豆腐 豆腐は白い
白いはウサギ ウサギははねる はねるはノミ(蚤) ノミは赤い------」
唄と言えるほどの旋律でも歌詞でもない、でもこんな唄もあったのだ。戦後生まれの人たちはきっと知らないだろう。戦後の復興、ラジオそしてテレビの普及のなかで、全国共通の遊び、歌、おもちゃが豊富に供給されるようになるなかで、こんな歌は子どもの世界から忘れ去られてしまった。そしてもう消えてしまったものもあるだろう。
それでいいのかもしれない。子どもの遊びは、歌は時代とともに変化するものだからだ。また全国共通の、多様な遊びがあってもちろんいい。
だけど地域の独自のものがすべてなくなってしまうというのはいかがなものか。そもそも、地域独特の遊び、古くから伝わる遊びは、中央発信、近代技術採用の遊びからすると遅れているもの、軽蔑されるべきものとして、伝承しない、させないということはなかったろうか。
女の子の遊ぶ縄跳び、綾取り、お手玉、鞠つき、それぞれが唄をもっていた(この紹介は省略させてもらうが)。歌いながら遊んでいた。
メンコ、ビー玉(山形ではバッタ、玉コロと呼んでいた)は男の子の遊び、取った取られたで遊んだものだった。
今の子どもは、学校の体育でやる縄跳び以外、これらの遊びはほとんどしなくなった。テレビ、パソコン、スマホの時代、こんな遊びは時代遅れ、そもそも子どもには将来のための塾や習い事がある、放課後近所の子どもたちと群れ遊ぶヒマなどないと言われるかもしれないが、本当にそれでいいのだろうか。
20世紀末頃、NHK教育テレビの『にほんごであそぼ』の番組で各地の伝統的な遊び、唄などの見直し、掘り起し、現代への適応がなされていたような記憶があるのだが、今はどうなっているのだろうか。こうした努力を続けてもらいたいものである。われわれ年寄り、戦前生まれ世代も、消えてなくなる前に残された記憶力を振り絞り、地域に残して行くべく努めようではないか。
夕方、遊びに夢中になって家に帰るのを忘れていると、家で夕食の準備をしているお母さんかお祖母さんが呼びに来る(私の場合は、母が野良で働いているので、台所・子守担当の祖母が呼びに来た)。
「ご飯だよぅ」
「はーい」
みんなもはっと気が付いて
「それじゃ」
「また明日」
一斉にみんな家に向かって走り出す。その影は長く伸びている。
静かになった道路が沈みかけた赤い夕陽に照らされ、ひっそりとなる。そろそろ田畑から、勤め先から大人が引き上げ始める時間だ。それまでの静かな一時、「逢魔が時」とはこのことか、「人掠い」が子どもをさらっていくのはこんなときか。人掠いは捕まえた子どもをサーカスに売り、サーカスは鞭で子どもを叩きながら芸を仕込むのだそうだ。急に怖くなり、慌てて家路を急ぐ。
薄闇が迫るころ、野良から職場から大人が帰ってくる。家々の電気が点く、また賑やかになる。外が真っ暗になったころ、遠くで遠雷がピカッと光る。音はしない。
田んぼから帰ってきたばかりの祖父がそれを見て言う。
「らいさま(雷様)が稲につつのましぇ(乳飲ませ)に来た、こどす(今年)も豊作だな」
遠くの田んぼからカエルの鳴き声(盛大な合唱)が波のように大きくなったり小さくなったりして聞こえてくる。いろりからは味噌汁のおいしそうな匂いがただよう。
母も帰ってきている、待ちに待った晩ご飯だ、お腹がすいていた子どもたちはまた急に元気になり、台所で働いている祖母からうるさい、危ないと怒られる。
今から80年も前(戦前昭和)の農家の幼い子どもたちの夏の夕方の情景、なつかしく、なつかしく思い出す。
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