続・むらの掟【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第290回2024年5月9日

前回述べたようにしてむらで決まったこと、あるいはかつてむらで決めた不文律、慣行として残っていることに、むらびとは必ずしたがわなければならなかった。そしてこうしたむらの掟を破るものは厳しく罰せられた。
その罰のもっとも重いのが「村八分」であった。生活のうちの二分、つまり葬式や火事などのさいにはこれまで通りむらの共同に加えるが、それ以外の八分についてはむらびとは一切つきあわない、つまり絶交するのである。
たとえば山形県大蔵村沼の台の契約講は1897(明30)年に次のような規約を決めている(明治期に集落内での分家を認めることになってむらの戸数が増えたことを契機に契約講としてむらの機構を整備し、それまでの不文律を明文化したものと思われる)。
「私利私交ノ為メニ本契約ニ違反シタル者アル時ハ将来村交際ヲ離隔、村共同積立金及ビ奨励金等総テ共同物ノ付与権利ヲ取消シ致可ク」
このなかにある「村交際ヲ離隔」というような『村八分』は人権問題として、農村の封建制の典型例として戦後の民主化のなかで大きく騒がれた。しかし、これもやむを得ない面があった。当時の生産力段階で個々人が勝手なことをやったら、むらの共同を破ったら、みんなが生きていけなくなるからである。だからむらはむらびとを裁く権利も持っていたのである。
むらの司法権はそれにとどまらなかった。秋田県雄物川町(現・横手市)福地地区のある集落でこんな話を聞いたことがある。
その昔、道普請や共有林野の管理等の出役などを定めた「郷法」というのがあり、そのなかにはむらのなかでものを盗んだり何か悪いことをすると罰を課するという決まりもあった。その罰は、盗んだものを返した上に、酒五升とニシン三束をむらの寄り合いにもってきて、みんなに謝罪すれば許すというようなものだという。この程度ではたいした罰ではないと思われるかもしれないが、米すらまともに食べられない当時のことだから酒はきわめて高価であり、魚にしても手に入れることは難しく、かなり厳しい刑罰だった。他にもさまざまな罰則があったようだが、それが調査の中心課題ではなかったので、くわしくは聞かなかった。もっときちんと聞いておけばよかったと今は後悔している。
このように、むらはむらびとの生産、生活にかかわる行政、立法、司法の権利、つまり自治権をもっていたのである。
むらで裁くのだから、警察などには届けない。犯人がわかってもそれがむらびとであるかぎり通報しない。よそものには絶対に教えない。むらびとの口はきわめて固かった。
いうまでもなくこれは罪人隠しである。しかしむらの恥は隠す。
だからよそものにはむらがわからない。なかに何を隠しているかわからない。そしてみんなでよそものを排除する。
つまりむらはきわめて排他的であり、閉鎖的であった。
それは止むを得ないことだった。当時の技術水準では土地を始めとする乏しい資源を分かち合ってぎりぎりの生活しかできなかった。そうしたところによそから人がきたら資源はさらに少なくなり、これまで住んでいたむら人が生きていけなくなってしまう。また当時の技術水準では生産と生活を維持するために共同作業への出役を始めとするさまざまな規制、掟が必要だったが、それがよそからきた人にこわされては困る。むらの決まり、慣行を知らない外部者に勝手なことをやられたら困るのである。だから、むらに移住してきてもむらの一員とは認めない。つまり共同所有、共同利用の一員には加えない。
それでむらは排他的、閉鎖的だと言われることになる。
しかし、何年間か住んでむらびとと協力していけることがわかれば、一員となる権利を与える。この加入条件はむらによって異なるが、秋田のあるむら(どこの村だったかどうしても思い出せない、農家の囲炉裏を囲んで酒を飲みながらこの話を聞いたその夜の情景ははっきりと目に浮かぶのだが)では、5年(分家は3年)以上住んで酒三本と肴を持ってむらにお願いにくれば、そしてみんながそれを了解すれば入会権を付与する、つまりむらびととして認めるという決まりがあったそうである。
逆に、むらから外に出ていけばその権利は喪失する。
こうしたむらの慣行・自治は支配階級=武士階級も認めてきたのだが、このような入会地の共同所有・利用の権利関係は明治になって西欧から移入された資本主義的権利関係とはまったく異なるものだった。
こうした入会の権利関係は商品経済、資本主義経済の浸透のなかで変化してくる。たとえば薪炭や木材の商品化の進展、林野の開墾技術の進展などのなかで入会林野は入会権者に分割されるようになる。これをさきの福島県会津の南郷村鶇巣集落の例でみてみよう。
この集落は400年前にあったことが確かめられているという古いむらで、そもそもは62戸で構成され、これ以上家を増やさないことにしていたという。生産・生活に不可欠の入会林野の利用面積が少なくなることを恐れたから、またそうでなくてさえぎりぎりの一戸当たりの経営面積を分割すれば生活が成り立たなくなるからだったようで、こうした例は他地域でも多く見られる。
明治の中期になって分家が認められるようになり、分家は新(しん)戸(こ)(われわれが行った1978年には7戸あった)、そもそもの62戸は旧(きゆう)戸(こ)と呼ばれたが、ともに入会権をもつようにしたという。
さらに1935(昭10)年前後に入会林野の一定部分を分割している。入会権者が火災などにあったときとか、むらの公共用とかに伐って利用できるくらいの林野面積と、馬つなぎ場や薪積み場、火の見櫓など共同で所有した方がいいところの何ヶ所かを残して、他の林野を分割したのである。これを「桑畑分け」と呼んだとのことだが、杉1反歩(10㌃)と桑2反歩(20㌃)が植えられる土地を権利者全員に平等に分割した。もちろん土地条件はそれぞれ異なる。そこで、どの場所の土地を自分のものとするかは競りで決め、多く金を出したものがいいところをとるということで平等にした。ただし土地の所有権の登記はしていない。したがってこれは利用権の分割ということができる。ただしこの利用権の売買も行われていて、1戸で2戸分の権利をもっているものもおり、村外に出て行っても権利は残るという。金を出して獲得した権利だからであろう。
こうなってくるとこの利用権は所有権に近い。農家も所有しているという感覚をもっている。
この集落の例を見ると入会地が私有化してくる過程がよくわかるが、もしもこの分割された土地が入会権者全員の了解のもとに所有地として登記されれば各農家は完全な近代的私的所有権をもつことになる。
西日本などでは比較的早くからこういう過程が進展した。しかし広大な林野の存在する東北の山間地帯では林野の私有化はあまり進まず、入会林野がかなり多く残っていた。
こうしたところに、明治政府は地租改正などのために土地の所有権を確定しようとし、しかもそのさい西欧から輸入した所有権と利用権の感覚で入会権を律しようとした。それどころか入会林野を無主の土地(所有者のいない土地)として国有にしようとしたところすらあった。これが後にさまざまな問題を引き起こすことになるのである。
こうしたむらの決まり(むらの法律)は、文書化されているか否か、その精粗は別にして、どこのむらにもあったのだが、もう今は忘れ去られているだろう。忘れる「人」さえいなくなっている農山村になってしまっているのだから。
こうしたなかで何千何万のむらの決まり・法律がこの半世紀の間にこの世から消滅していることだろう。もう遅いかもしれないが、何とか記録して後世に遺してもらえないだろうが。
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