続・過去への回帰-「昔はよかった」-【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第295回2024年6月13日
1980年代に出現した「昔がよかった」論者は、政府の言う農業近代化論に、機械化・化学化の推進に乗っかったことが農家を苦しめ、農村を衰退させているのだとも言い始めた。
しかし、どうして農家は機械化に走ってだめなのだろうか。もう一度過重労働に戻れというのか。どうして農家だけが便利と効率を求めてはだめなのか。洗濯機や冷蔵庫、自動車などの便利さを求めて、なぜ悪いのだろうか。
よそに働きに行くなと農家に言うけれども、誰も好き好んで都会に働きにいっているわけではない。農業だけで他産業並みの生活レベルを維持できないから行っているのだ。農家は他産業並みの生活などするのが間違いだ、貧乏でもいいのだ、ゆとりとやすらぎがある村で「心豊かに」暮らすべきなのだとでもいうのだろうか。
また、自給生産に戻れと言うが、それではテレビや自動車を買うためのカネはどこから手に入れるのか。ロマンとメルヘンがあるのだから、そんなものを手に入れるための商品生産などしないで、テレビなんか見ないでがまんしろというのだろうか。
商品生産に走ったことが間違っている、それが農家を苦しめているのだともいう。しかし、商品生産それ自体ではなくて、農産物価格の低位不安定、生産資材の独占的高価格が農家を苦しめているのである。にもかかわらず商品生産に取り組んだことに罪をかぶせるのは、農家を暮らせなくさせている根本原因を考えないようにさせること、それとの闘いを放棄させることにしかならない。そして農村の荒廃は農民自らに責任があるのだと考えさせて農民の不満を抑え、農産物輸入をさらに進めても、減反を進めても、独占的大企業の供給する資材価格が高くともがまんする農民、不満を言わない農民をつくるものでしかない。
こうした「過去への回顧」、復古主義は、資本主義経済が不調になる時に、農業が危機的状況におちいるたびに、姿形を変えながら唱えられたものだった。
そして、昔はよかった,昔にもどれば、堆肥づくりなど自給自足を大事にすれば問題は解決する、政治経済が悪いのではないと主張する。
昭和恐慌期(1929~31年)の自力更生運動,それを引き継いだ経済更生計画運動などはその典型例だった。そこで言われたことが高度経済成長の破たんした時期に言われていることとまったくそっくりであることに驚いたものだった。そして経営と生活の困難は農家自身のやり方が悪かったためであって、自分に主な責任があると農民に考えさせる。また誰が農業を破壊してきたのかを明らかにして闘おうとする力を弱める。さらにそれは、生産力の発展を否定する非科学的、反科学的な考えへとつながっていく。実際にこのときの過去への回帰論のなかにも科学否定論まで行く論調があった。
もちろん、こうした論調のなかには近代化路線に対するアンチテーゼとしては聞くべきところもあった。資本の物心両面にわたる支配の拡大のもとで引き起こされた農業・農村の変化を反省し、過ぎし方を改めて見直し、そこから今後の方向を考えようとしたものであり、正しい面も多々あった。しかし、真理も行き過ぎるとそれは誤りになってしまう。それどころか戦前の下から盛り上がった自力更正運動のように政治に利用されてしまう危険性もあった。現に過去への回帰論のうちのむらの見直し論は政策の遂行に利用されることになった。
こうしたことから、これまでの近代化路線に対する批判に加えて、前近代復古路線に対する批判、つまり両極に対する批判の展開が当時の私の研究の一つの課題となった。
政府は、農家経済の苦しさ、農村の疲弊は生産性の低さからくるものだ、これを解決するためには農地流動化をさらに推進してコスト低下を図っていく必要があるとして、これまでの農産物輸入を前提とした近代化路線をさらに強力に推進するだけだったからである。
とはいっても、今までのような近代化路線を単純に推進するわけには行かなくなっていた。これまでの構造政策の矛盾がさまざまな形で出始めていたからである。
そして1970年代後半からは、行政の側も堆肥の重視とか経営の複合化を言い始めるようになった。糞尿公害、連作障害に見られるような農政の勧めてきた単純な経営の規模拡大、専門化・単一化路線の欠陥を放置しておくわけにいかなくなったからである。このこと自体はけっこうなのだが、これまでの専門化・単一化路線、農産物輸入に基礎をおいた近代化路線の延長であり、それを補完しようとするという側面をもっていたことに問題があった。
さらに、行政はむらの見直し、地域の重視も唱えるようになった。76(昭51)年ころから「地域農政」という言葉を使いはじめ、地域の自主性、自立性を尊重し、とくに地域の最小単位としての集落、その機能を重視し、集落から意見を積み上げて農政を展開するとし、むらづくりとかむらおこしとかを言うようになったのである。
それはどう評価されるべきなのか、次回から当時私が抱いた考えを述べさせていただきたい。
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