【地域を診る】 年金経済を把握する 高齢者ニーズを糸口に 地域づくりの大きなヒント 京都橘大学教授 岡田知弘氏2024年12月17日
今地域に何が起きているのかを探るシリーズ。京都橘大学教授の岡田知弘氏が解説する。今回は地域経済と関わりの深い「年金経済を把握する」として「現場に入ってデータをつくる」重要性を指摘する。
京都橘大学教授 岡田知弘氏
私が「年金経済」の存在が気になり始めたのは、1980年代後半に合併前の高山市役所を訪れた時からである。当時、岐阜経済大学(現・岐阜協立大学)に在職し、毎年、飛騨、高山地方の調査に出かけていた。そのとき、必ず立ち寄ったのが高山市役所の企画調整部である。目的は、小瀬信行さんに会って、いろいろと意見交換することであった。
小瀬さんは、地域統計や情報処理に明るく、なんと総合計画づくりのために自前で観光誘発の経済波及効果調査を行い、高山市の市内純生産の7割が、朝市や旅館などの観光部門によって生み出されていることを明らかにし、これをもとに街並み保存やデザイン統一の総合計画を策定し、住民や経済界の合意をつくっていった人である。
その年、小瀬さんが手書きの数字を入れた一枚の罫紙を私に見せてくれた。「岡田さん、これは飛騨地域の市町村別に見た農業粗生産額と国民年金の受取額の一覧なんだ。なんと高齢化のなかで、年金額の方が多い自治体がでてきたんだよ」と言いながら。この時、たいへんな衝撃を受けたことを今でも覚えている。生産だけに注目した地域経済分析は過疎・高齢化が進んだ農山村では通用しないと痛感し、分配所得としての年金を地域経済のなかにどのように位置づけるか、そもそもこの「年金経済」はどれくらいの規模なのか、ある程度の正確性をもって把握したいという気持ちがわいてきたのである。
それからまもなく京都大学に異動し、1990年代初頭に京都府農業会議の仕事で高齢化のなかでの地域経済振興をテーマにした調査に携わることになった。そこで、福知山市に合併する前の大江町で高齢者世帯調査を実施することにした。実は、市町村で把握できる年金は国民年金だけである。そのほかに厚生年金や共済年金等もあるが、これについては市町村別のデータは存在しない。都道府県別には年金統計で合算値はわかるが、市町村別まで詳細に見ることができないのである。
そこで行った手法は、町全体の国民年金世帯とそれ以外の年金世帯の大まかな割合を把握したうえで、無年金世帯も含めて、町内の町場と山間地域に分けて一定割合で抽出し、そこで得られた年金総額を元に、町全体の各種年金合計額を推計するものである。つまり、世帯別に調査すれば、国民年金と厚生年金、共済年金、あるいは遺族年金等がどれだけ毎年入ってくるかがわかるからである。国の統計が無ければ、地域に入って調査し、データをつくる手法といっていい。併せて、年金生活者の生活状況も含めて話がきける利点がある。国民年金世帯では土建の下請け仕事をしないと食べていけない一方、厚生年金世帯では毎年海外旅行に行けるというような話を聴くことができるのである。無年金世帯の女性の話は悲惨であった。国民年金の受給資格がなく生活保護申請も門前払い。肥料袋を衣服代わりにして、裏山に竹を刺して飲み水を確保していた。総額や平均値を統計からとってきたとしても、人々の生活実態はわからないし、政策課題も見つからない。
その後、高齢化と人口減少は、農山村で一層進行した。地域に入ると、自給的な農業しかしない高齢者農家あるいは非農家だけからなる集落が、どんどん増えていった。そのような折に、京都府与謝野町から、コロナ禍における地域経済の動向を分析してほしいという調査の依頼が届いたのである。
与謝野町とは、2012年の中小企業振興基本条例制定に協力して以来の付き合いがあり、町役場だけでなく、金融機関、商工会、中小企業家同友会、観光協会、福祉施設、農協等の代表者からなる地域経済分析会議のみなさんと協議し、企業調査と併せて家計調査を行い、とりわけ年金経済の把握のため地域自治会の協力を得ることにした。家計調査については、役場職員や研究者が調査員になるよりも、学生が調査員になった方が、町民も安心して答えられると考え、町内を市街地、中間地、僻地に区分し、合併前の3町ごとにサンプリングする自治会を選定し、都合のいい時間帯に公民館に来ていただき、学生が個別に聴き取る方法をとった。
その結果、人口2万人、高齢化率38%の町で、年金受取総額は推計100億円となった。これは町の財政規模、さらに町全体の雇用者報酬額とほぼ同じであった。これまでの地域経済政策では、この年金という存在が抜けていたといえる。確かな財源であるこの年金がどのようにどこで支出されているのか、どうすれば地元からもっと購入してもらえるのか、地域内経済循環を太くしていくために何が障壁になっているのかを調べた。その内容を、中間報告会で発表したところ、高齢者の交通手段や店の品揃え等について、参加していたバス会社やお店の人たちから即座に自分たちが考えている取組や工夫について建設的な発言がでてきたのである。
調査によって問題の存在状況が具体的にわかれば、それをもとに、関連する事業者や団体のみなさんから積極的な解決策がでてくる。このような確かな手ごたえを感じる調査だった。調査すること自体が、今後の地域をつくる社会運動だといえよう。
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