【農と杜の独り言】第4回 杜を訪ねて農を思う 先人の知恵と文化の源 千葉大学客員教授・賀来宏和氏2025年9月25日
本稿は、2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会「GREEN×EXPO 2027」をご紹介しつつ、私が日頃感じている、また、時に実践している「農」を語るものです。今回は、「杜」から見た「農」についてお話したいと思います。
千葉大学大学院園芸学研究科客員教授・賀来宏和氏
(2027年横浜国際園芸博覧会 GREEN×EXPO2027 農&園藝チーフコーディネーター)
私の専門領域の一つは社叢(そう)学です。社叢とは、社寺などの祈りの場の森、いわゆる鎮守の森を指します。これまでに「延喜式内社」と言われる由緒の古い神社を中心に、全国で6000社を超える鎮守の森を訪ねました。精神性のある森という意味で、敢えて「杜」という文字を使用していますが、その文字自体のうんちくは別の機会に述べます。
さて、実際に「杜」を訪ねてみると、由緒の古い神社の多くが中山間地域に所在していることがわかります。平安時代中期に定められた法令の細則である『延喜式』(延長5年:927年成立)に記載された神社は、「延喜式内社」と呼ばれますが、平安時代中期ですから、千年以上の歴史を有している訳です。こうした古社の多くが、平野部の外縁から山間部にかけて、おおむね河川の流域に沿う形で鎮座しているのです。
機械化などによって、生産の現場や暮らしの効率化が進む現代人にとっては、傾斜がきつく、一見して生産性の低い、不便な場所に農が営まれて集落が形成され、また、祭祀がなされていたことは理解しづらいですが、実はこれはわが国の自然と農との関係性で理にかなったことであると思います。なぜに古代の都が、現在の奈良県の明日香村に相当する飛鳥地方を転々としていたのか、明日香村は中山間地域の典型とも言える場所です。それは、灌漑(かんがい)という土木技術を用いる以前の人々にとって、稲作を行う上でのかん水の合理的な仕組みではなかったかと推察します。このことは各地に残る棚田が示していますが、まさに中山間地域は当時、農を営む上で最も効率的な場所だったのです。
やがて、都は藤原京、平城京へと遷都します。測量技術が発達した今日では、大地に直線を引くことは難しいことではありません。しかし、往古の人々にとって大地に真っ直ぐな道を通すことは高度な技量を要する技であったはずであり、同様に平野部でわずかな高低差を利用して用水の仕組みを作ることも画期的な技術であったと思います。
農林水産省では、土地利用上の特性により農業地域類型を定めており、その中の中間農業地域と山間農業地域を合わせた地域を中山間地域とし、わが国の国土の約67%がそれにあたるとする一方、その地域に居住している人は総人口の1割としています。このような地域では、とりわけ高齢化や過疎化が進み、耕作放棄地が増えています。
私の訪ねる神社も、このような場所に立地している事例が数多く見られます。集落の限界化によって、既に祭祀が何年も途絶えている神社も増えています。
例えば、静岡県内のある中山間地域に鎮座する延喜式内社。小さな集落の背後にある里山の頂上に鎮座していることは文献で分かっても、その道が見つかりません。どうしたものかと集落をさまよっていると、農作業中の高齢者に遭遇。道を尋ねると、「どうしても行きたいか」と念を押された上で、藪漕(やぶこ)ぎをして案内をしてくれました。もう10年ほど祭祀が行われていない、10戸余の集落です。同様に、集落で地図を描いてもらってようやく到達できた「杜」の数々。
政府が米の増産政策にかじを切ることになりました。私は農業政策の専門家ではありません。ただ、日本人として「農」は自然への祈りとともに最も大切なものであり、「農業」は国の存立基盤であると信じる立場です。
その意味では増産政策は良いと考えるものですが、農家の皆さんにとっては、果たして、需給の調和がなされて、適正な生産価格が維持されるのかは大きな心配が残るところであろうと思います。
また、発表では増産政策のために、大規模化や電子的な技術などを応用したスマート化を推進することが掲げられ、ほんの小さな記事ですが、大規模化が困難な中山間地域の水田に関して環境配慮型の耕作に対して補助をする仕組みも検討されているようです。
私が全国を歩いた印象からすれば、水田の過半は、大規模化が困難なのではないかとさえ思います。複雑な地形を有し、様々な気候帯を持つわが国において、基礎食料の安定的な供給を目指すためには、中山間地域における小さな農業、家族農業を支える仕組みが重要でしょう。また、それは現在を生きる我々の問題だけではなく、過去の営みから続く日本人の歴史文化の継承、さらに大きく言えば、現代の地球環境を生きる日本人の存在意義でもあろうと思います。中山間地域においては、環境配慮型のみならず、文化継承型農地という支援方策もぜひ検討してもらいたいものです。そこには日本人の源があります。
私が訪ねる多くの杜は、少なくとも千年以上続く祈りの場。千年の耕作、人々の汗がしみ込んだ大地です。2027年に開かれる国際園芸博覧会は、こうした歴史の営みを振り返り、日本の「農」のこれからをともに考える第一歩にしたいものです。 (2027年横浜国際園芸博覧会農&園藝チーフコーディネーター)
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