【浜矩子が斬る! 日本経済】『ヒトデ不足』が生む外国人排斥の不条理は許されない2025年10月6日
「我々が求めたのは働き手だった。ところが、やって来たのは人々だった」この名言をご存じの方は多いだろう。スイスを代表する小説家であり劇作家、マックス・フリッシュ(1911~1991)が残した言葉だ。1970年代初頭、スイスは深刻な労働力不足に陥り、多くの出稼ぎ労働者を国外から受け入れた。いわゆる「ガストアルバイター」( Gastarbeiter)だ。「ガスト」は英語でいえば「ゲスト」すなわちお客さんだ。アルバイターは働く者。
エコノミスト 浜矩子氏
国々は、その時々の事情によって、出稼ぎ労働を幅広く募る。その時、求められているのは、不足する労働供給の穴埋めだ。だが、それに応じて到来するのは、生身の人間なのである。そのことに気づいた時のショックが、マックス・フリッシュの卓越した洞察の中に集約されている。
今の日本が、この問題に今さらのごとく直面している。高市早苗氏の勝利に終わった自民党総裁選の過程でも、外国人労働者問題への対応が大きな争点の一つとなった。移民政策は取らない。外国人の不法就労はゼロにする。日本に出稼ぎに来る外国人には、日本語をちゃんと喋ってもらわなければ困る。日本的なルールや慣習を守ってもらわなければいけない。民族衣装を着て街を歩くな。様々な勝手気ままで、独善的な在留外国人批判が横行している。
日本人の心はこんなにも狭量で浅薄だったのか。そう思ってしまう。近隣環境の中で、外国人居住者の行動に手を焼いている皆さんの切実な思いは解る。それを不寛容と極めつける権利が筆者にあるとは思わない。このことを胸に刻みつけた上で、マックス・フリッシュの言葉に、改めて思いを馳せたい。
筆者がアホノミクスの大将と名づけた安倍晋三政権によって、日本の人手不足問題解消のための外国人労働者受け入れ体制の変更が進んだ。技能実習生の受け入れ、特定技能制度の導入、現状で想定されている2027年度からの育成就労制度。様々の制度の変更・新設が進められて来た。こうした対応を進める一方で、国の政策方針としての「移民は受け入れない」という原則はそのまま継続している。
人手は欲しい。だが、人は受け入れない。このご都合主義が、一体、いつまで通用していくと思っているのだろうか。出稼ぎ労働者が出稼ぎ先に定住する。出稼ぎ先で家族としての生活を営む。これらのことを否定し、拒絶することの身勝手について、いい加減、政治も政策も社会も、深く反省し、問題の所在と向き合う。そのための時が来ている。そういうことではないのか。
「人手」を「ヒトデ」と書けば、そこに人の姿は見えなくなる。必要に応じてヒトデをかき集める。だが、必要がなくなれば使い捨てる。追い出す。片づける。こんな非人間性を正当化していいわけがないだろう。人手をヒトデだと思い込んでしまえば、そこから決定的な人権侵害が始まる。
2022年12月、国連が人権擁護に関する一つのレポートを公表した。そのタイトルが、 "We wanted workers, but human beings came"すなわち「我々は労働者を欲した。だが、やって来たのは人間だった」である。明らかに、マックス・フリッシュの言葉になぞらえている。世界各地で移民・難民・外国人労働者に対する風当たりが酷くなる中、マックス・フリッシュの言葉は改めて想起されるべきものだ。
それなのに、新しい局面を迎えようとする日本の政治は、在留外国人の人権擁護にどれほど力を入れようとしているか。むしろ、排外主義力を競う方向に突き進もうとしている。「ヒトデ」不足の解消には役立ってもらいたい。だが、人として尊厳ある生活を提供するつもりはない。そんな人を人とも思わない国の在り方に向かって、日本は突き進んで行くのか。注文した荷物の中身に人格があった。だが、その人格は見なかったことにする。そんなことがあっていいわけがない。
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