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シリーズ:ゲノム編集って何?可能性と課題を考える

2019.06.06 
問われる「表示」の科学的根拠 米国産のゲノム編集大豆油輸入に備え対応急ぐ?一覧へ

 消費者庁は5月23日に有識者委員で構成される消費者委員会食品表示部会を開いてゲノム編集食品の表示についての議論を始めた。厚生労働省はゲノム編集技術を利用した食品の取り扱い運用を今年夏ごろにも開始する方針を示しており、消費者庁の岡村和美長官は「消費者庁もこのスケジュールを念頭に置いて私どもの責任を果たしたい」(5月15日の記者会見)と話している。しかし、外来の遺伝子が導入されていないゲノム編集食品は、自然界で起きている変異や従来の品種改良と区別がつかないと結論づけたことからすれば、表示する科学的根拠は何か、逆に問われるのではないかとの指摘もある。議論を急ぐ背景に、米国で2月販売されたゲノム編集技術を使った大豆から製造した大豆油の日本への輸入が迫っている事情も23日の部会では示された。

20190606 ヘッドライン ゲノム編集 

◆既存の審議に「割って入る」

 平成30年の食料・農業・農村白書が5月28日公表された。ゲノム編集については「生産現場の競争力強化等の推進」の節で取り上げられている。そこでは「『はさみ』となる酵素等を用い、ゲノム上の狙った箇所を切断すること等を通じて、ある生物がもともと持っている遺伝子を効率的に変化させる技術」と説明、機能性成分を多く含んだトマトなど多くの開発が進んでいる現状にあり、農業の競争力の強化と農業者の収益向上、国民の豊かな食生活につながるなど「大きな利益が得られることが期待される」と記述した。
 取扱いについては厚労省が今年3月、DNAを切断するだけで外来遺伝子を導入しないゲノム編集技術を活用した食品については「安全性審査を義務付けず届出及び公表」とすることを決めたことと、これを受けて消費者庁が食品への表示について整理を進めていくことを記述した。
 消費者庁の消費者委員会食品表示部会は食品表示の全体像を議論しているが、5月23日の部会でゲノム編集食品の表示を議題としたことについて、消費者庁事務局は委員に対し、厚労省が食品としての扱いについて「本年夏頃」の運用開始をめざす方針であることから、「既存テーマの審議中に割って入るかたち」になったと釈明した。ゲノム編集技術のリスク評価は拙速だったのではないかとの批判が専門家からもあるなか、政府の議論は前のめりに進められている印象は否めない。

 

◆安全確認 まだ課題

 食品表示部会では、ゲノム編集技術について千葉大学園芸学研究科の児玉浩明教授と東京大学大学院農学生命科学研究科の山川隆特任教授が説明した。
 児玉教授らはDNAを切断し塩基配列に変化を起こさせるゲノム編集技術は従来の育種と変わらず、栽培した農産物で区別はできないこと、そもそも品種の違いや育種過程、さらに自然の突然変異で塩基配列は変化しているもので、ある農産物の塩基配列を全部読み解いたとしても、どこをゲノム編集したかの特定は「きわめて困難」と説明した。品種の異なる2つのトウモロコシの塩基配列は1.42%の違いしかなく、見ただけで明らかに違うと分かる品種でも塩基配列ではほとんど同じといった例を挙げた。
 また、前回指摘した狙った部分以外でDNA切断が起きてしまうのではないかというオフターゲットの問題については、そもそもヒトの細胞分裂でも1回あたり50回程度のDNA切断そのものは起きているのだという。通常は正確に修復されるが、50回の切断のうち5回は変異につながっている可能性があるとの研究があるものの、児玉教授はゲノム編集技術によるオフターゲットに特有の危険性はないと説明した。
 ただ、対策としてはオフターゲットを探しだすガイド役のRNAを開発することや、意図しない変異部分を「戻し交配」によって減らすという方法があるとした。
 戻し交配とは、ゲノム編集作物と従来育種で商品化された作物との交配と選抜を繰り返すことによって、できるだけ狙った変異だけ残す方法だ。
 部会では委員から安全性の確認方法などについて質問が出た。どのレベルまで外来DNAが入っているかの検査法に課題があるなど、開発者や販売事業者に求める届出内容についても「これから詰めることが多い」とした。厚労省担当者は事業者として安全性の確認は当然するのは責務としているが、届出自体は義務ではない。
 委員からは、表示を議論することについて「(遺伝子組み換え食品などにくらべて)今までより安全性が高いのに表示し、一方、食品添加物の表示についてはさらに議論が必要という、表示の議論がバランスを欠いたものになっていないか」とそもそも食品表示全体のなかで位置づけに疑問も出た。さらに「届出制は性善説に立つ」考えだが、「届け出をしなければ分からない」との指摘も出た。
 一方、従来の育種技術と同じだといいながら、ゲノム編集食品には表示をしなければならないのは「事業者にとってリスク。(従来の技術と)連続した技術から出てくることは今後もある」と懸念を示す声も。そもそも夏までに議論しなければならないことに「違和感がある。本当に余裕がないのか」との指摘もあった。

 

◆米国では2月から流通

 これに対して厚労省担当者は米国でゲノム編集大豆が流通しており、「いつ日本に入ってくるか分からない」として、従来育種と変わらず、検知の方法がない以上、流通段階で対処するしかないと表示の議論を急ぐ理由を示した。
 この大豆を生産販売しているのは米国のカリクスト社で高オレイン酸大豆。2月から米国内では高オレイン酸であり、「非遺伝子組み換え大豆」であることも強調し家畜の飼料にも有用であると宣伝している。人間の食用には栄養価の高い大豆油として売り出している。
 厚労省によるとこの大豆・大豆製品が「日本に入ってきていることは承知していない」としているが、米国ではゲノム編集食品は遺伝子組み換え作物ではないとして規制の対象にはなっていない。
 大豆を大量に輸入している日本にはいずれ入ってくると考えられるが、厚労省は今回決めた業者による届出制について「海外にも周知していきたい」というが、具体的な検討はこれからだ。
 農水省や厚労省が開発者や販売業者に求める届出内容は▽改変に利用したゲノム編集の方法、▽外来遺伝子がないことが確認された根拠、▽改変により付与された形質の変化などで、両省ともに今後、消費者も含めて意見を聞きながら届出内容を具体化させていきたいという。
 政府が表示も含めてゲノム編集技術を活用した食品の取扱いを急ぐ理由のひとつが、実は米国で流通し始めたゲノム食品の日本への輸入が迫っているということが今回の部会で明らかになった。
 「生産現場の競争力強化」に位置づけているゲノム編集技術だが、結局は米国からの攻勢に追い立てられて流通制度が築かれてしまうことにならないか。次回の食品表示部会は6月20日に開かれる。

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