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シリーズ:新世紀JA研究会 課題別セミナー

【K・F】

2017.11.13 
【覚醒】「農業振興」第一に一覧へ

◆「職能論」の弊害

 JAの自己改革という言葉を聞かない日はありません。JAグループ内はもとより、自民党はじめ政党などでもJAの自己改革を後押しするといっています。ここでいう自己改革はせいぜい、改革は政府によって強要されるものではなく、JA自ら行うものといった意味に使われています。
 しかし、もう少し内容を吟味ずる必要があります。自己改革という言葉を最初に使ったのは政府であり、それは平成26年6月に政府が閣議決定した「規制改革実施計画」に由来します。この計画で、政府は農業協同組合の見直しとして「地域の農協が主役となり、それぞれの独自性を発揮して農業の成長産業化に全力投入できるように抜本的に見直す。今後5年間を農協改革集中推進期間とし、農協は重大な危機感をもって以下の方針に則した自己改革を実行するよう強く要請する」というものです。
 周知のように、この「実施計画」がその後の農協改革の方向を決定づけ、28年4月から改正農協法が施行されています。これに対してJAの自己改革の内容は全く違い、政府の「実施計画」を受けて26年11月にJA全中がまとめた「JAグループの自己改革について」に由来します。
 その内容は、一言でいえば政府方針に反するJAの従来路線の踏襲であり、一方で中央会制度は残して下さい、そのためには中央会の指導のあり方は政府方針をどのようにでも受け入れますという、卑屈ともいうべきものでした。政府の言う自己改革とJAが主張する自己改革の内容はどこが違うのでしょうか。
 そのポイントは、政府がJAの役割として農業振興を求めているのに対して、JAは、JAを農業者の「職能組合」と「地域組合」の両方の性格を併せ持つ組織とみている点にあります。
 しかし、職能組合という言い方は別にして、JAが農業振興を旨とする組織であることに疑いの余地はありません。それにもかかわらず、地域組合という言葉をわざわざ使っているのはなぜでしょうか。それは、戦後の農協法が戦前の産業組合の特徴を採り入れ、JAに信用・共済など多様な事業を保障し、かつ准組合員制度を認め、JAはそれをテコに大きく発展してきたからです。
 そもそも地域組合というのは、抽象概念としてはともかく法律上の組織実体として存在するものではなく、前述のように、JAを農業者の「職能組合」と「地域組合」の両方の性格を持つ組織などと規定するのは適切ではありません。
 職能組合・地域組合論争は、都市化の進展の中で、JA組織のあり方の議論として学者・研究者の間でたたかわされ、今に続く農協論ですが、われわれはそろそろこうした不毛な議論を卒業し、次のステージに進むべき時に来ていると考えるべきです。
 戦後の協同組合法制は、農協、漁協、生協など業態別の組織に再編され、農水省は平成13年の農協法改正で、JAが農業振興を行うために存在する組織として、このことを第1条で明確にしました。もちろん、今回の准組合員の事業利用規制はこの延長線上にあります。もはや、地域組合などという実態のない議論はやめて、JAは農業振興のために何ができるかという姿勢を明確にしなければ、准組合員対策にも有効な手立てを打ち出すことはできません。
 このように論ずると、それは政府が唱える職能論に迎合するものだという反論が返ってきそうですが、そう反論をする人たちこそ偏狭な職能論に凝り固まった存在といえるでしょう。農業は必然的に地域での協同活動を伴うもので、地域の皆さんの理解なくして発展するものではありません。わざわざ、JAは地域組合としての性格を持つなどという必要はありません。
 それでは、農水省との議論がかみ合わないばかりか、JAに対する国民的理解を妨げ、誤解を生むことに繋がることに気づくべきです。農協改革は終盤戦に入り、筆者の理解によれば政府が意図する農協改革の8割方はすでに終わっています。日本農業新聞などは、JAは「自己改革を加速すべき」と主張していますが、こうした主張は今回のJA改革の意味を本当に理解したものとは言えず、真のJA改革を阻害するものでしかありません。
 従来路線踏襲の自己改革議論は現に多くの弊害をもたらしています。その最たるものは主務省たる農水省との意見のすれ違いです。JAが自分勝手な理屈を基に自己改革を進めても、政府がこれを認めるはずもなく、現にどこまで行ってもあてのない蜃気楼を追い求めることにしかなっていません。
 農業振興は農業者・農家のみによって可能であるという偏狭な職能組合論は農水省だけではなく、保守的なJAにもその根底意識に共通したものがあり、こうした意識からの脱却が求められています。
 求められているのは高齢・少子化や地域崩壊の進展のもとでの農業の担い手の育成というJAの社会的役割発揮であり、そのもとでの次世代を見据えた新たな総合JAビジョンの確立です。この点、新たなJAの姿を主導していくべき学者・研究者やJAの教育・広報機関が、全中方針に媚びて従来路線に迎合するのは大きな罪づくりというべきです。
 意識転換には10年単位の時間を要します。もはや時間切れの感がぬぐえませんが、新総合JAビジョンの確立以外に有効な手立てはありません。そうした議論を通して、はじめてJAは農水省と同じ立場に立ち、JAの主張を取り入れた農協改革をともに進めることができるでしょう。
 このような意識に立てるのは、法律で保障された中央会制度の下にあった旧体制ではかなわず、新たな一社全中の時代を待つしかないのでしょうか。今の状況は、徳川幕府の幕藩体制が崩壊したにもかかわらず、新体制の実権を握っているのは依然として旧幕臣とも例えることができるからです。時代が求めているのは農協界における雄県(雄藩)の登場です。現体制には、せめて新時代の幕開けを制約しない状況づくりを求めたいものです。

※このページは新世紀JA研究会の責任で編集しています。

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