【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第14回 土下座する小作人、変わらない世2018年8月2日
若いころの私に父がこんな話をしたことがある。
「かつて小作人は地主の家に手伝いに来いといわれればどんなに忙しくても行かなければならず、ただ働きさせられたものだった。それでも昼飯だけは出た。その昼飯は台所の土間で立ち膝で食べなければならなかった。おにぎりと味噌汁、おかずのたくあんを食べ終わると、『ごっつぉうさまでしたっす(ごちそうさまでした)』と土下座して、ひたいを土間の土につけて御礼のおじぎをする。小作人だった近所の農家の人たちのその卑屈な姿をたまたま見かけたとき、ものすごくいやな気持になった。そして小作人には絶対になりたくない、そのためにどんなことがあっても今の自作地を守っていこうと考えたものだった」
いうまでもなくその卑屈さは地主から小作料を引き上げられたら困る、土地を取り上げられたら生きていけなくなることからくるものだった。ろくに食うものもない日常で米の飯を昼に食わしてもらえるだけでもありがたかった。
そんな小作人の生活がいやなら街に出て働けばいい。しかし当時(戦前)は働き口などなかなか見つからなかった。農村部にはもちろん都市部にもなく、町で暮らす人たちの大半は低賃金長時間労働で苦しんでおり、不況などになれば簡単にクビが切られる時代、何とか都会に働き口を見つけた次三男が失業して家に転がり込んで来るような時代だった。
だから、収穫量の半分を小作料としてとられても、生きていくためには土地を借りなければならなかった。金を借りなければならないときもあった。凶作の年や家族が病気になったときなどはとくにそうだった。高い利息であっても、頭を下げに下げて、ひたいを土につけてでも借りなければならなかった。地主の言うことには何でも頭を下げてはいはいと従うよりほかなかった。
それに慣れてしまったのだろう、いつもぺこぺこ頭を下げ、腰を低くしておどおどしながら歩くようになる。
貧困(その原因をつくった半封建的な地主制度とそれに基礎をおきかつそれを維持してきた政治経済体制)は、農民を卑屈にさせたのであった。
それならそんな政治経済体制を変えればいい。しかし大正期まで貧乏人は選挙権すら持てなかった。
大正末期に全男性成人が選挙権を持つ普通選挙となったが、小作人は地主など地域の有力者などの顔色をうかがい、あるいはその言うことを聞いて投票するしかなかった。
たまには手拭い一本で投票するよう頼まれる。当時は貴重品だった手拭いをもらったのだからと義理堅く投票した。
私の曽祖父も地域の有力者から頼まれたことがあったらしい。そしたら巡査が選挙違反を調べに家に来た。そしていろりの前に座り、曽祖父に手拭いをもらっただろうと問い詰めた。曽祖父は白状しなかった。かなりの押し問答の後、巡査がこうつぶやいた、「手拭い一本くらいならいいんだが、二本ももらうとなあ」と。そしたらあれだけもらわないとがんばっていた曽祖父がついつい言ってしまった、「恐れ入りやんした、一本だげもらたっす」。父と伯母がそんな思い出話をして大笑いをしていたが、その違反で起訴されたのかどうか聞き落としてしまった。私の先祖も選挙違反をしていたのである。
世の中はなかなか変わらなかった。「今年三割来年五割、末は小作の作り取り」と小作料の減免と農地改革を要求する農民運動を厳しい弾圧を受けながらも展開し、また高利貸しや商人の暴利から協同して身を守ろうと産業組合運動を展開する動きも出てきてはいたのだが。
だからといってあきらめるわけにはいかない。小作農は土地を手に入れて自作農になるために、自作農は自作地を守るために、そして豊かな暮らしができるようにと働いた。家族ぐるみで、朝から晩まで、死に物狂いになって、一粒でも一匁でも多くの収量を得ようと働きに働いた。
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