【小松泰信・地方の眼力】地方紙の危機と嬉々2019年2月6日
日欧EPA が2月1日に発効した。世界最大級の自由貿易圏の誕生によって、欧州産食品の値下がりが見込まれる。このため、消費者は恩恵を受けるが、国内の農家には大きな打撃となる。また経済界は自動車などの輸出増に期待している。
◆はしゃぐ世情に警告
「ネズミはチーズが大好物-」ではじまる中国新聞(2月1日付)のコラム「天風録」は、「手放しに喜べないのは国内の酪農家の悲哀を思うからだ。試算では日本の乳製品生産額はおよそ200億円減るという。これまでおいしい牛乳やバターを届けてくれた牧場主たちを見放すに近い政策はいかがなものか。協定に記す段階的関税引き下げは、ネズミがかじるように日本農業の土台を細らせよう。『ねずみが塩を引く』ということわざもある。くすねる量は少しでも、積もり積もって大きな被害になることから。農業軽視が続けば、しっぺ返しは私たちが食らう」と、日欧EPA発効を慶事としてはしゃぐ世情に警告を発している。
西日本新聞(2月1日付)によれば、危機意識を募らせるJA福岡中央会は、「(輸入停止の)不測の事態が起きたとき国民の命は守れるのか」との問題意識から、食料の安全保障を求める声を国へ届けるため、消費者団体などと連携して「わが国の食料の安全保障を求める福岡県民ネットワーク」(仮称)を近く立ち上げる予定である。
◆遠ざかる地方創生
1月31日総務省は外国人を含む2018年の人口移動報告を公表した。これによれば、東京圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)は、転入者が転出者を約14万人上回る転入超過。前年より約1万4000人多く、一極集中の加速がうかがえる。全市町村の72.1%は「転出超過」であることから、中国新聞(2月1日付)は「東京圏の転入超過を20年に解消する目標を掲げた安倍政権の看板政策『地方創生』の効果が見えない」とする。「堅調な景気を背景に企業の求人が増え、待遇も向上しているため、地方から人が集まっているのではないか」とは政府関係者のコメント。
「五輪関連工事に加え、都内各地では再開発やホテル建設のラッシュで、作業員の需要は増え続けている」(国土交通省担当者)との発言を待つまでもなく、2020年開催の東京オリ・パラが首都圏への人口集中に拍車を掛ける。結果、全国の自治体が人口減少を食い止めようと「地方版総合戦略」に基づく対策に取り組むものの、成果を上げているのは一握りとなる。
同紙は中国地方の動向も分析している。中国地方の全107市町村の80.4%(86市町村)が「転出超過」、19.6%(21市町村)が「転入超過」。県単位で見ると、中国5県(鳥取、島根、山口、広島、岡山)はともに転出超過。大半の自治体で人口流出に歯止めがかかっていない。21の転入超過市町村を見ると、地域の中核的な市(総社市、防府市、東広島市、下松市、赤磐市が上位5市)や県庁所在地の隣接町だが、島根県隠岐郡の4町村のうち3町村が入っていることなど、興味深い動きもうかがえる。
作野広和氏(島根大学教育学部・人文地理学)は「自治体の人口規模にかかわらず、住民組織づくりなどに長期的に取り組んでいる所が転入超過になる傾向がある。専門家の助言などを踏まえて腰を据えた対策を取ることが大切だ」と、コメントを寄せている。
◆提起される「もう一つの地方創生論」
西日本新聞(2月3日付)では、高野和良氏(九州大学大学院教授・地域福祉社会学)が、大分県の過疎地域を対象とした約10年間隔で3回行ったアンケート調査から、「地域に愛着はあるが、その将来に希望を持てない人々が多数を占めていることが、過疎地域の抱える大きな問題」と、興味深い見解を示している。
過疎集落に最後の一人として住み続ける80代の女性が、かつて集落全員で支えてきたお社を「誰が来ても恥ずかしくないように掃除を続けている」ことを紹介し、「自分がここで暮らすことに意味があると実感できることが、地域への愛着を支え、暮らし続けるための一つの支えになっているように思う」と記す。
そして、地方創生が語る地方とは、「交流人口論のような都会の人々によって選ばれ、消費される地方」であって、「過疎地域の人々の立場に立った地方の姿は見えてこないように思う。究極の人口減少社会のただ中にいる過疎高齢者の暮らしから何を学ぶのか。そこに暮らすことに手応えを実感できる地域をどのように創っていくのか。もう一つの地方創生論が必要」とする。
◆地方紙の危機と巻き返し
東京新聞(2月4日付)によれば、米西部コロラド州の地方紙デンバー・ポストは昨春、行き過ぎたリストラに記者が反乱を起こし、「『デジタル化で新聞社は生き残れない』というストーリーの影に隠れ、新聞の質を低下させる一方、値上げを続けている」として、その社説で親会社を「ハゲタカ投資家」と批判した。
地元での反響は大きく、市民から寄付を募りポスト紙の元記者6人が新たなネットメディアを立ち上げた。ローカルジャーナリズムの危機に注目があつまるきっかけにはなったが、社説の編集責任者であったチャック・ブランケット氏はポスト紙を追われる。
現在大学の教壇に立つ氏は、「なぜローカルニュースに注意を払うべきか、若い世代が理解していないのが心配だ」と、地方のメディアの行く末を案じているそうだ。
わが国の地方紙にとっても、よその国の話ではない。同様の危機感を共有する人たちの手で、「前川喜平さんと考える これでいいのか山陽新聞」というテーマでの集会が、2月8日(金)の夜、岡山市で行われる。「経営陣が社内で公然と社員いじめを行い、『違法だ』と訴える労働組合の声に耳を貸さない」「国の政治・行政のあり方が問われた加計学園の獣医学部新設問題でも、報道姿勢の問題が指摘されている」といった、加計学園と同じ岡山市に拠点を置く山陽新聞の問題点を俎上に載せ、メディアのあり方を考えようというものである。加計学園問題についても言及してきた当コラム、もちろん参加する。
◆アイダ・ターベルの教え
古賀純一郎氏(茨城大学教授・ジャーナリズム論)による『アイダ・ターベル~ロックフェラー帝国を倒した女性ジャーナリスト』(旬報社)を紹介しているのは、西日本新聞(2月3日付)のコラム「春秋」。アイダ・ターベル(1857~1944)とは、ロックフェラー率いるスタンダード石油という巨大トラスト(企業合同)の倫理なき市場独占にペンで戦いを挑み、解体に追い込んだ女性ジャーナリストである。9年を要した氏の労作から、「今、メディアを巡る状況は激変中。米大統領が自分に都合の悪いニュースは偽ニュース扱いする時代だ。報道機関は基本的な力を試されている。リクルート事件などで示してきた日本のメディアの調査報道力も例外ではない」と、「春秋」自らにも檄を飛ばしている。当コラムも、嬉々として紙面づくりに取り組む地方紙関係者にエールを送る。
「地方の眼力」なめんなよ
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