【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第65回 誇るべき「隣り百姓」能力2019年8月22日
1960年前後の私の大学院生の頃、恩師から「隣り百姓」という言葉を教わった。隣りが種を播き始めたら自分も種を播く、隣りが肥料をやれば自分もやるというように隣りの家と同じことをする、こうすれば大きな間違いはないと自分で何か新しいことを始めようとしない、これが隣り百姓で、日本の農家の特徴だと。
初めて聞いた言葉であり、それはどこか一地方で使われている言葉なのかとそのときは思ったのだが、そうではなくていろいろな文献の中でそういう表現が使われていることを後に知った。そしてそこでは、隣り百姓という言葉が日本人全体の特性を表現する言葉としても、つまり日本人は人真似ばかりして個性がない、独創性がないと卑下するさいにもそれが使われていた。
たしかにそうした側面が日本の農家にあったかもしれない。そして隣り百姓でみんな同じことをやっていたら進歩がないこともその通りである。
しかしそれはやむを得ないことでもあった。たとえばみんな一斉に田植えをしないと水利用などから他に迷惑をかけるので、隣りが始めたら自分もやるというようにせざるを得なかった。つまり他と違う事をやるわけにもいかず、独創性を発揮するわけにはいかなかったのである。ここに問題があると言われればそれはその通りというより他ない。
さらに次のようなこともある。稲作は一年一回しかできず、しかもやり直しはきかない。だから、たとえば15歳から還暦まで働くとすると、一生のうちに45回しか稲作を経験できない。しかもその45回は単なる繰り返しではない。毎年毎年天候が違うからである。天候に応じて作業の日時ややり方を変えなければならない。さらに毎日同じ仕事をするわけでもない。多様な作業がある。そしてそれぞれの経験日数もきわめて短い。そうなると自分の経験はどうしても限られる。そうなれば、親の経験を伝承すると同時に、他人の経験、隣のやっていることを学び、あるときは真似してやってみて、それを自分の経験、知恵に加えることもしなければならない。
つまり経験と勘にもとづく農業がいとなまれている低い技術水準のもとでは「隣り百姓」でなければならなかったのである。「隣り百姓」もやれない、真似することもできないものは、失敗するしかなかったのである。だから私は隣り百姓はそんなに悪いことではなかったと思っている。
また、人真似をすることがそんなに悪いことだとも思わない。
たとえば私のように手先が不器用なものはいくら上手な習字のお手本を示されてもなかなか真似できず、いまだに字が下手であるが、それを考えると真似できるというのは才能なのだろうなと思う。
そもそも真似が上手にできなくてどうして独創性など出てくるだろうか。子どもも人真似から始まって、つまり基礎ができて、それぞれの独自性が発揮できるようになり、またより高い独創性をもつことができるようになるのであって、人真似がうまいということは誉められこそすれ悪口の対象とはならないはずである。
また、そしていいことは積極的に真似しようとすることは進取の精神の表れでもある。
さらに、隣りが始めたら自分も始めるということは、隣りに負けてたまるかという競争心の表れであり、こうした隣り百姓精神つまり競争精神も日本の農業生産力を発展させてきたのではなかろうか。
こう考えると、隣り百姓は決して悪い事ではない。それどころか推奨すべきことなのではなかろうか。
集落はこうした隣り百姓の集まりである。したがって集落は技術の普及・伝播の単位となる。集落に新しい技術が入り、誰かが試して良いとなると、それを見ていた隣近所が始め、その技術は集落全体のものとなって生産力を高めるのである。また、みんないっしょにやらないとその技術の効果があがらないということもあるので、お互いに技術を教え合って集落全体のものにしていくことも重要である。
日本の農業生産力はこうして維持され、発展してきたのではなかろうか。「隣り百姓」は誇りにしていいことなのである。
ところが今、その「隣りの家」が集落から消えつつある。これでは農業が発展するわけはない。このままでは日本中の集落が「ポツンと一軒家」になってしまうだろう。そしてその一軒家も消滅し、村々に人はいなくなり、やがて人間は東京など大都会にしかいなくなる。これがまともな「国」といえるのだろうか。
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