【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第80回 畜力・人力段階だった運搬2019年12月19日
ここまで書いてきてふと思った。なぜわが国では牛馬車が人間の乗物として利用されなかったのだろうかと。もちろん、平安時代には人間を乗せる牛車(ぎつしや)があった。しかしそれは貴族の乗物だったし、しかもその時代以降利用されていない。
欧米では馬車が普通の乗物だったようだし、西部劇では駅馬車が出てくるのに、わが国で乗物といえば駕籠か馬の背中だった。なぜなのだろうか。
これは日本の地勢から来ているのではなかろうか。国土の7割を占める急峻な山々、大小無数の河川、これを貫いて牛馬車が通れるような広い道路や橋梁をつくるのは当時の土木技術では容易ではなかったことがその原因となっているのではなかろうか。また、わが国は海に囲まれた島国、河川の多い国なので船を利用することができたことも一因となっているのかもしれない。さらに、国土が狭く、移動距離が諸外国と比べて相対的に短いので、徒歩で、どうしても必要なときにだけ駕籠や馬の背中あるいは船を利用して、移動することができたことも原因として考えられる。
もちろん、明治以降、統一国家としての必要性、軍事的必要性から新しい土木技術を導入して国道等の道路の整備がすすめられた。しかし、それとほぼ並行して鉄道の敷設が進められた。それが人間の乗物としての牛馬車の必要性を弱めたのではなかろうか。
だから、一般庶民の乗物としては、鉄道以外、自転車が初めてではなかったろうか。もちろん、人力車が明治期に開発されている。しかしこれは駕籠と同じで他人に乗せてもらうものである。これに対して自転車は自分が所有し、自分で動かして乗る乗物である。まさに自家用車、これも日本の歴史上、初めてではなかったろうか。
もう一つ、また別の疑問がわいてきた。
なぜさきほど述べた自転車+リヤカーが欧米の乗合馬車のように、あるいは人力車を発展させたものとして、他人を乗せて金をとって走るということがなかったのだろうか。
これに近いものとして、輪タクはあった。自転車と人力車をくっっけたものに客を乗せ、料金をとって走るもので、自転車の車輪とタクシーをくっつけて輪タクと呼んだ。今も東南アジアで見られるようだが、日本では戦後の一時期見られただけですぐに消えてしまった。
これは時代のせいだろう。自転車やリヤカーが普及するころは、都市部においてはすでに市電、バス、タクシーが走るようになっており、農村部では自転車・リヤカーの個別所有が進みつつあったので、とくに必要なかったということから来ているのではなかろうか。
まったくの素人考えでしかないのだが。
さらに大きな疑問がわいてきた。
私の子どもの頃=昭和初期にもかなり大八車は残り、山形市内では当時私たちが丸通と呼んでいた日本通運の貨物配送車として、また市のごみ収集車として利用されていた。粗莚(あらむしろ)で梱包された貨物や柳行李などをたくさん積んで駅から家庭に運ぶ丸通の貨物配送の大八車がゆっくりゆっくり重そうに上り坂を上っていた。それを引いている人を見ると子ども心に気の毒になり、少しでも力を貸そうと後ろから押してやったりしたものだった。
もちろん荷馬車もあったが、数は少なかった。なお、牛車は農家以外使っていなかった。
戦後十年過ぎ、昭和30年頃までそうだったと言っていいのではなかろうか。ただし、荷馬車の車輪が木製からタイヤに替わった。これでかなり軽くなり、引きやすくなったのではないかと思う。なお、そのころは農家の牛馬車もタイヤに替わりつつあった。
ところで、なぜ都市部の運送業者は大八車・荷馬車だったのだろうか。わが国でも貨物自動車が昭和初期に製造されるようになったのにである。飼育などと言う面倒なことはしなくともよいし、速さは抜群、まさに「馬力」があるにもかかわらずである。
でもそれは当然のことだった。そんなものを買うくらいなら、人を雇って大八車で運搬させた方がはるかに安上がりだったからである。都市部には失業者があふれている時代、農村部でも働き口がなくて困っている次三男や娘があふれ、インド以下(植民地以下)的とまでいわれる低賃金のもとで働かされている時代、高価なトラックを導入するよりも人を安く雇った方がよかったのである。
かくして都市部の運送業もいまだ人力・畜力段階にあり、そんな時代だからましてや農業分野での機械化など進むわけはなかった。
ところが、おかしなことに、米の籾摺りだけは機械化が進んだ。
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