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コラム:リレー談話室・JAの現場から

【JCA協同組合連携部長 前田健喜】

2020.01.10 
【リレー談話室・JAの現場から】集まっておしゃべりすること-それ自体が目的であるような協同-一覧へ

 かつて、協同組合間協同をテーマとした日本協同組合学会の春季研究大会で生協、医療生協、JAなどでつくる島根の「地域つながりセンター」の代表の高橋玲子さんに話していただいたことがある。同センターの仕事の一つが、生協しまねの組合員の人たちが2002年に始めた有償ボランティアの仕組み「おたがいさま」を県内に広めていくことだが、「おたがいさま」の運営委員の方々の話し合いに関する高橋代表のお話で印象に残っていることがある。
 「私たちは自分たちの日ごろの暮らしを話し始めます」「男性は、とかく会社の人たちは『今日決めることは何と何だったんだ』と言います。...そういう形で男性はなかなか私たち女性の、あっち行ったりこっち行ったりの会話のなかで、今日大事なものを見つけていくという会話にはなかなかついていけなくて、時間がもったいないというふうに言われることもあります」
 私たちが「協同」というとき、「何かを実現するために必要な手段として協同する」と考えることが多いように思うが、ここでは「あっち行ったりこっち行ったりの会話」はそれ自体が大事な協同なのだと思った。もし、何かのための手段だとすれば、短く済ませたほうが「効率的」で「生産性が高い」し、長くなれば「時間がもったいない」ということになる。けれど、運営委員の皆さんにとっては、こうした会話の時間は短縮することのできない大切な時間なのだと思う。いわば、それ自体が目的であるような協同だ。
 今回、上記の発言のことを書きたいという話を高橋さんにしたところ、「あっち行ったりこっち行ったり」は、他の人の経験を自分の経験に照らして「そうそうと思えることを見つける作業」、自分ごととして「自分の中で理解し納得するための時間」なのだと補足があった。
 同じ学会の会合で報告いただいた別の事例が、JA愛知東とコープあいちによる奥三河における協同組合間協同の取り組みだった。そのなかで、JA愛知東の旧Aコープ八名店が2017年3月に閉店し、JA女性部のみなさんが閉店直後の4月から、店舗跡で毎週末に野菜などの朝市「やなマルシェ」を始めたことが紹介された。その翌年9月に私たちは現地に話を聴きに行った。初年度の2017年4月から翌年3月までは旧店舗前の屋根付きの軒下での朝市だったが、私たちが訪ねた時点では、週末に朝市と併せて旧店舗内でのフリーマーケットも開かれていた。その後2019年4月からは厨房を使っての飲食の提供が始まり、営業日も増え、さらに現在では弁当の販売も行うなど取り組みは拡大している。
 私たちが現地に伺ったときに、「やなマルシェ」の中心となっている女性部のみなさん(生協組合員でもある人も多い)に、Aコープが閉店することで何がいちばん困ると思ったかと聞いたところ、答えは「買い物ができなくなる」ではなくて、「おしゃべりする場所がなくなる」だった。まずみんなとおしゃべりすることが大事だと考えられている。私たちは、「ただ集まる」「集まっておしゃべりする」ということをもっと重視してよいと思うのだ。
 実際いま、いろいろな協同組合が、居場所や拠点づくりを提起している。例えば日本生協連が会員生協の意見を聞きながらとりまとめている「日本の生協の2030年ビジョン」の2019年5月段階の一次案には「誰もが気軽に立ち寄れて、出会い、つなか?れる居場所や拠点をつくり、地域の中で助け合い・困りごとを解決する場を広げます」とある。日本労協連の「私たちが目指すもの」(同連合会ウェブサイト)には「私たちは、『一人じゃない』『そこに行けば何とかなる』『困ったときに相談できる』と感じられるような居場所を地域の力を合わせて多様に創り出すことが必要だと考えています」とある。
 国際協同組合同盟(ICA)による協同組合の定義に「共通の経済的・社会的・文化的なニーズと願いをかなえることを目的とする」とあるが、集まりたい、ということはまさに社会的ニーズだ。
 集まって何か「成果」と言われるようなものが生まれるかもしれないし、生まれないかも知れない。ただ、集まるということ自体が協同であり大切なことで、そういう「場」あるいは「居場所」「拠点」づくりが、協同組合の大事な仕事だと思う。そこから何かの動きが生まれるかどうかは、集まる人たち(組合員や地域の人たち)に委ねてよいのではないかと思う。

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