【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第92回 「お菰」とホームレス(1)2020年3月19日
「お菰」、「おこもさん」、こういう言葉をご存じだろうか。そうである、「乞食」のことである。このごろあまり使われなくなったが、「家も仕事もなく一軒一軒家を回ってあるいは道ばたに座って食べ物やお金をもらって暮らしている人」、いわゆる物乞いのことを言う言葉である。
それを何で「お菰」あるいは「おこもさん」と呼ぶのかだが、前回述べた菰をかぶって寝るから、寒いときに菰を身体に巻いて物乞いをしたからなのだそうである。稲わらでつくった菰の保温性(防寒・防霜・防雪性)、防水性、柔軟性がここでも役に立てられたのだが、乞食にとってこうした菰は着衣であり、敷物であり、布団であり、まさに命の綱、本当に大事なものだった。
私の生家の地域ではこのお菰=乞食を「ほいど」(共通語では「ほいと」=陪堂)と呼んでいたが、私の幼い頃(戦前)はたくさんいた。その乞食には2種類あり、村から村へ、町から町へと移動しながら物乞いをして歩く「流浪型」と、ねぐらが固定していてゴミ箱あさりをしたり物乞いをしたりしている「定着型」があった。
幼いころよくこんなことがあった。ぼろぼろの服を着て真っ黒な顔や手足をしている人が玄関の戸口の前に立ち、何か恵んでくれと手に持った欠けたお椀とか茶わん、あるいは袋を差し出す。すると、祖母がお握りを握ってその中に入れてやる。ご飯がないときは米を入れる。祖母が忙しくて手を離せないときには「これをやってこい」と私に銅貨(何銭銅貨だったか覚えていない)を一枚渡す、私はそれをお椀の中に入れてあげる。そうすると、頭を深く下げて立ち去る。なぜかしらないが、どこの家でもともかく必ず何かあげたものだった。
乞食には男も女も、年寄りも若い者もいたが、今でも強く印象に残っているのは母子連れの乞食である。汚れに汚れた赤い着物を着て真っ黒な顔をした4~5歳の女の子とその若い母親が物乞いに来たのである。外に出て遊んでいた私はその二人の姿を見て強いショックを受けた。どうやって寒い夜など寝ているのだろう、どんな思いをしてあの二人は歩いているのだろう、自分があの子のようになったらどんな思いをして私のように普通に暮らしているよその子どもを見るのだろう。祖母からお握りとお金をもらって頭を下げ、手をつないで立ち去っていく二人の姿を呆然として私は見送った。あの子の汚れた真っ赤な着物、黒い顔、私をじっと見つめていた大きな黒い目がいまだに忘れられない。
私たちは極度に貧しい暮らしをしている人を乞食同然とか、「ほいど」みたいな暮らしをしているなどと言ったものだった。
宮城県の北上川沿いに「ほいどの村」と呼ばれる貧しい村があった。そこは北上川のたえざる氾濫で米の収量がきわめて低く、しかも不安定だった。それで食えなくなって土地を手放し、農家のほとんどは小作人になってしまった。そこにまた氾濫である、収穫皆無に近くなっても小作料だけはきちんととられる、当然ろくに食えず、家まで手放して家賃を払わざるを得なくなり、まさに「ほいど」と同じような貧しい暮らししかできなくなった、こうした貧しい家の集まった村だったからこの村は「ほいどの村」と呼ばれたのである。
凶作と米価低迷の続いた昭和初期、もうどうしようもなくなった農家は農民組合をつくり、小作料の引き下げを要求する激しい運動を展開した。しかし厳しい官憲の弾圧で壊滅させられた。
この「ほいどの村」から脱却して「豊かな村」になったのは戦後、農地改革をはじめとする民主化、食糧増産政策の展開、河川改修によってだった。
一方、大都市部では戦争によって乞食同然の暮らしに陥れられた人たちがたくさんつくられた。そしてそういう人たちは「浮浪者」と呼ばれた。
こうした戦後の「お菰」とその後については次回述べさせていただく。
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