(184)おから・卯の花・空木【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年6月12日
仕事が集中し、外を落ち着いて歩けないうちに季節が少し進んだ。つい先ごろまでキャンパス内のあちこちで咲き乱れていた春の花がかなりその姿を変えたようだ。
植物の名称、とくに花の名前や種類にはほとんど無頓着であり父親からは散々嘆かれたが、仕事がら60の手習いよろしく少しずつその知識が増えているのが嬉しい。
馬の足型、地縛り、酢漿(カタバミ)、ニガナ、といった黄色い小さな花が西洋タンポポに負けずに一面に咲き乱れていた時期が終わり、次の段階に来た。
午前中の遠隔授業終了後、1日中1人で研究室に閉じこもるのもと思い、一息ついてから少し歩いてみると、いつのまにか空木(ウツギ)が綺麗な花を咲かせていた。
確か、大昔に読んだ枕草子の中で清少納言一行が外出した際に「卯の花」を折り、牛車に刺した話があったような...と思い、調べてみた。
「卯の花のいみじう咲きたるを折りて、車の簾、かたはらなどにさしあまりて...(中略)...供なるをのこどもも、いみじう笑いつつ、ここまだし、ここまだしと、さしあへり」
ここで言う「卯の花」は旧暦卯月、つまり4月の花だが東北ではちょうど今が良い季節である。初夏の風物として知られ、季語もそのまま初夏である。
枕草子のこの段は、現代風に訳せば、官庁街のOL達が外勤の際に野山を通り、そこに咲いていた「卯の花」を乗っていた車(牛車)に飾り、キャッキャキャッキャと楽しんでだというようなことを考えれば良い。もちろん、現代では公園や人の土地の花を勝手に折ってはいけないことは言うまでもない。
飾り付けをしつつ、「こっちにも、こっちにも」と楽しむ様子が目に浮かぶ。大学のキャンパスの空木は、古い記念建物の裏、旧喫煙所の近くで花を咲かせていた。スモーカープレイスには今まで余り近寄らなかったため気が付かなかったのかもしれないが、今年の4月から学内全面禁煙になったため、あと数年間は初夏の空木を楽しめるかもしれない。
なお、卯の花そのものは万葉集の中にも数多く読まれているほど昔から日本の初夏に馴染んだ花である。とくに霍公鳥(ホトトギス)と一緒に読まれた大伴家持の歌、「卯の花もいまだ咲かねば霍公鳥佐保の山辺に来鳴き響(とよ)もす」は良く知られている。
それにしても、タバコの印象が強い旧喫煙所の近くでこのようなことを思うとは、何とも妙な風情である。
ところで、空木が卯の花、そして卯の花といえば「おから」である。大豆から豆乳を絞った粕のことをおからというが、このおからを関東では卯の花という。空木の花がおからに似ているために「卯の花」と言われるようになったとか、おからの「から」は「空(くう)」の事であり、これを避けるために卯の花と呼ばれるようになったなどと言われている。
「卯の花和え」などと聞くと、洒落た日本料理の印象があるが、おからは現代でも庶民のお惣菜として広く親しまれており、私も大好きだ。
この時期のキャンパス内には空木の他にも白い花が咲いている。旧喫煙所の空木から数メートルのところには石楠花(シャクナゲ、多分アメリカシャクナゲ)が満開であった。石楠花といえば薄い赤が多いが、今日見たのは綺麗な白である。
それと、実験農場へ下る道を少し歩くと小さな白い粒のような花がところどころに見える。ガマズミである。秋になると赤い実がなるが初夏には白い花が咲く。もうひとつ、生き生きとした緑の林の中に、ときどき白いペンキをまだらに塗ったような葉が見える。深山木天蓼(ミヤママタタビ)だ。花が咲く時期には葉の表面が白くなり、咲き終わると紫紅色に変わる。調べてみると、猫が好きな木天蓼は同じように白くなるが紫紅色にはならないとのことだ。いわゆるネコフェロモンを出す有名な木天蓼かと思ったがどうも違うようだ。
遠隔授業も今週で7週目に入った。キャンパスに居れば学生達もこうした季節の移り変わりを楽しめるのにと思うことしきり、来年は春の雑学を講じる時間が持てると良いと思う。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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