それでも政治に期待する JCA客員研究員 伊藤澄一【リレー談話室・JAの現場から】2020年10月5日
人事を超えるもの
コロナ禍の世相のなか、人の少ない世間に出て立山方面の登山に行ってきた。自民党の新総裁が決まり、新内閣発足のときであった。難関の山も経験と技術をもとにトレーニングして天候を読めれば、一般の登山者でもチャレンジできる。
山小屋からは事前の自己検温を指示され、手続きの際に最終検温された。命の砦でもあるので来るもの拒まずの原則だが、今は完全予約制で定員の半分程度の収容数に抑えられている。小屋の収容空間はビニール製の仕切りで個室のように区分され、枕や上下の布団も不織布やきれいなシーツで包むようになっていた。食堂も様変わりし、トイレも改善されていた。もちろん、施設内では手洗いやマスクの励行が厳しく求められた。
下界の居酒屋と同様に天空の3密空間の山小屋もかつてない改善が進んでいる。お客を減らして安全安心に努める、まさに身を切る改革である。
本紙6月10日号で国の行政には、たて割り・予算・前例の3壁があってそれがPCR検査の機能不全に象徴的に現われていると書いた。菅内閣は悪しきたて割り・既得権・前例の3主義を排する行政改革を進めるという。前政権の中枢にあって、1日2回記者の前で「内閣の考え」を伝えてきたご本人が首相になって実行したいことは何か。
解散総選挙をやって勝利して足元を固めることか。それとも重症者が増える第3波に備え、目前の経済の回復と構造としての行政改革を進めることか。報道によれば、後者の選択は容易ではなさそうだ。しかし、前者とても決して容易ではない。登山ではどんなに経験と技術を身につけ訓練を重ねてチャレンジしても、最後は天候次第である。どの世界にも人事を超えるものがある。
解散すべきではない
1年後はいやでも選挙がある。トランプ氏も感染した米国の大統領選挙後に米中関係に動きが起こる。コロナ災禍の第3波ではレムデシビル・アビガンや治療法の知見が奏功するか。世界でのパンデミック拡大のなか、五輪の開催可否の決断も迫る。実務型内閣の基礎を固めたいのであれば、解散総選挙はリスクになる。じっくりと1日1日を仕事し続けていくことは一歩一歩進むしかない山登りと同じで、もっとも確かな道でもある。迷うこと自体がリスクなのである。
悪しき3主義を排する大きな政治目標からすれば、解散総選挙は1週間先の山の天気のようなもので、あてにしてはならない。臨時国会で議論してやるべきことをやって、任期満了での総裁選と衆院選挙を迎えることも大きな選択肢である。世論の6、7割の内閣支持率は泡のようなもので、とても解散総選挙の理由になるとは思えない。世論も望んではいない。
企業の倒産と自主廃業が日々表面化している。まさにこのような事態のためとばかりに、非正規雇用者は切り捨てられている。政治も行政もそこを見て見ぬふりしてはいけない。第1次産業、地方、高齢者、非正規雇用者、社会的弱者、医療現場などはますます政治や行政の視界から遠ざかって疲弊していく。そこに政治・行政の手が届くまでの道筋が容易でないことを首相がいちばんわかっていると思う。やりたいことを国民に示して、理解と共感を味方にして行政と官僚を動かしてほしい。
一方で、野党は150人の大きな規模の新たな立憲民主党が生まれた。3年で政権を逃した苦い経験を生かして、国民の信頼を回復できるか。解散総選挙があって、その間に予想外の事態が重なったときには、二者択一の小選挙区での追い風が吹くかもしれない。野党も足元を固めつつ、与党の敵失を待つことになる。その機会が解散総選挙になる可能性もある。極論を言えば、政権の交代は山の天気のようなものである。
首相には地方や農漁民の気持も政治に反映してほしい。野党には苦衷にある庶民の代弁をしてほしい。そして、両者の真正面からの激突を期待したい。国民も選挙から逃げてはならない。
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