(209)「本質を伝えること」の難しさ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年12月4日
今シーズンはコロナの影響により大学では多くの授業が遠隔になりました。遠隔ツールが一般化したおかげで遠隔地の外部講師をお招きして話を聞く機会が広がる一方、講師と学生達がリアルでやりとりする緊張感や醍醐味が微妙な状況になるときがあります。
教える側と教わる側が直接対面する従来型の教育手法、そして遠隔ツールを使用した教育手法、いずれも一長一短があるようだ。2020年は春から多くの大学で「学びを止めない」という掛け声の下、遠隔授業が開始された。当初は学生も教員もお互いが試行錯誤の連続であり、全国至る所で悲喜こもごもの事態が発生した。
大学自体の情報インフラが整備不十分なところもあれば、教員・学生双方がツールに不慣れなところもある。また、個々の学生の通信環境が異なること、さらにディスプレイ上で顔を見ることが出来るとは言っても、リアルでのやりとりとは微妙に違いが生じることなど、遠隔か対面かという議論を始めればきりがない。
現場では聴講人数が多い場合など、講義中、回線への負荷を考慮して学生側が画像や音声をオフにして参加するよう指導されることが多いが、そうなると教員側はリアルタイムでの反応がわからない。チャットがあるとはいえ直接学生達の顔を見ながら説明内容を瞬時に調整するような従来型のスキルは遠隔講義では余り役に立たない。
筆者自身もいろいろやってみたが、一番気になったのは、話した内容に対するその場の「空気」が感じにくくなった点かもしれない。これは少し教員をやると恐らく誰でもわかる。対面の場合には、言葉で返事が出なくても学生達の態度や雰囲気で全体の感度を把握することが出来る。ところがディスプレイに話かけているだけだとその部分がうまく機能せず、別の手法を使わざるを得ない。その点では、視聴者が全く画像としては見えないラジオのDJやアナウンサーなどが持つトーク能力は本当に凄いと思う。
教員は、教室の中で講義を行う場合、黒板(ホワイト・ボード)や机、その他の備品、会話の微妙な間の取り方、ゼスチャーなど、いくつもの小道具をそれなりに使うが、ディスプレイ越しの遠隔授業ではこうした伝統的なスキルの多くが使えなくなる。
もちろん、テキストの内容を解説するだけであれば、標準的なテキストを選び、順番に説明すればよいが、そこに一定の解釈や見解を付加し、事例としての応用を通じてその本質まで伝えようとするとこれがまた難しい。
さて、そのようなことを考えていた時に、ある科目で地元企業のトップにお越し頂き講義を受ける機会があった。その中で企業理念の話が出た。会社設立のほぼ20年後に作成したそうだが、教科書通りに言えば、重要な項目がほぼ全て含まれている非常に見事な文章である。ご本人は、「やってきたことをまとめただけ」と謙遜していたが、実はこれがなかなか難しい。
理念が文章化されるまでに20年を経ていても、この会社では設立時からこの理念と同じことを現実に実施してきたからこそ、まとめられた...ということである。数多くの試行錯誤を経て「やってきたことをまとめる」ことと、その「まとめられたこと」だけを提示され、背景まで含めた内容を全て習得することには恐らく雲泥の差がある。
名打者は打撃のコツについて「ストライク・ゾーンに来たボールを打つだけ」というかもしれないが、それが出来ないのがほとんどの人だからだ。謙虚な経営者の話を聞くたびに感じるのは、最後にまとめる内容は本当に簡単だが、聞く方はその簡単な内容が全てと誤解していないかどうか、どこまで深く理解しているか、常に考える必要がある。
さて、遠隔授業をやると、対面授業では割と良い反応をしていた学生よりも普段は余り目立たない学生が非常に良いコメントをしてくれることに出くわす。それは教員の学生を見る視点がまだ不十分であったということをも示している。
経営理念の継承も、授業で何かを教えることも、「伝える」という点では同じだ。形だけでなく、背景を含めてその本質を伝えること、これは本当に難しい。
* * *
それなりのことをやり遂げた方の話は何度聞いても楽しく新しい発見があります。映画でも小説でも、名作は何回も楽しめます。これと同じということなのでしょうね。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日