(457)「人間は『入力する』葦か?」という教育現場からの問い【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年10月17日
昨今の大学では「アクティブ・ラーニング」なる方式がよく行われています。これは「双方向型」「体験型」「参加型」「能動型」など、異なる呼び方が存在します。
「アクティブ・ラーニング(Active Learning)とは、教員が一方的に知識や技術を講義などで伝える方式ではなく、学生が主体的・能動的に参加する学びの方法である。現代の多くの大学ではこれを掲げている。とくに反対するものではないが、ここではその「罠」について記してみたい。
問いは簡単である。「アクティブ・ラーニングは本当に主体的な学びを促進しているか?」、そして「もしかすると思考の深度を浅くしているのではないか?」である。
そもそも「アクティブ・ラーニング」が推奨されてきた背景には、小中高の教育における暗記や読解など、基本的に難しく、忍耐力を必要とし、時間がかかる学びの方法に対する疑問や批判が根底にある。
また、日本社会の人口構成の中で子供の数が多く、進学の際に選抜を実施する場合、限られた時間の中で「受験勉強」を乗り越える効率的な方法として、「思考」よりもいかに多くの事柄を暗記するかが問われてきた経過も理解しておく必要がある。
こうした事態に対する反省として、より「わかりやすく」「楽しく」学べるかどうかが重要視され、習得すべき知識や技術の水準と同時に、手法の「わかりやすさ」や「楽しさ」そのものが教育における評価の指標化してきた点も見逃せない。
その結果、恐らく当初想定していなかった状況が教育現場では生じている。これまで目にした光景をいくつか記してみたい。
例えば、本を読まない大学生の増加である。数年前には「本は読まない、持たない主義」という学生に遭遇した。全て電子化しているのであればまだ良いが、時代の変化を痛感した。実際、読書は時間がかかる。専門書であれば難解であることに加え高額だ。つまり、「わかりやすさ」も「楽しさ」もない。
授業を参加型にすると何が起こるか。うまく行くケースもある。一方、最悪のケースは「予習なし、思い付きのディスカッションや意見交換」である。近年話題の「共感」はこの場合、悪い方へ作用する。参加者が皆、何も準備していなければ、「わからないよね」「うん」となり、全員で「共感」して議論は終了、民主的な形式のもとで思考の放棄を正当化しているかのようである。
そして、教室で何らかの問いを投げかけた場合、スマホやパソコンで即座に問いそのものを検索し回答を得ようとする脊髄反射のような動きも見られる。問い→学生入力→AIが回答→学生が回答(あるいは目で見て瞬間的に理解)、という動きである。
ある時期、授業中でのスマホの使用は云々という議論があったが、今ではパソコンの持ち込みは普通である。そのパソコンで生成AIが使えれば、投げかけた問いに対して、「考える前に(入力して)調べる」習慣が蔓延していると感じている。
こうした状況に対し、多くの現場の教員は様々な工夫を凝らし、少しでも自分の頭で考える訓練をさせようとしている。だが、それらの努力も濁流のような生成AIの流れに翻弄されているのが現実である。
17世紀フランスの哲学者であるパスカルは「人間は考える葦である」という有名な言葉を残した。これは学びの本質が「思考」であることを示している。今や、人間は生成AIに問いを入力するだけに変わりつつあるとしたら皮肉としか言いようがない。
前回のコラムで「遅さの価値」について述べたが、思考とはそもそも時間がかかる作業である。生成AIの普及には多大な良い点がある一方、副作用として人間から思考を喪失させるとしたら、それは早い段階で教育が取り戻すべき本質的な課題の一つであろう。
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