中型機械化体系の確立【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第187回2022年3月10日
私が今住んでいる宮城県には数々の名湯があるが、中でも県の北西部に位置する鳴子温泉は有名であり、そのすぐ隣に川渡(かわたび)温泉もある。かつては「脚気川渡、瘡(かさ)鳴子」として多くの湯治客を迎えたところだというが、その川渡温泉の北側の山のなかに私の在籍した東北大学農学部の附属農場がある。そこに私どもは学部三年になると、7月中旬と10月初旬の二回、それぞれ一週間泊まり込んで実習をした。
1956(昭31)年、私はそれでさまざま初めての体験をしたのだが、トラクターを見たのも初めてだった。キャタピラーで動くドイツ製のと、大きなタイヤをつけたアメリカのフォードソンのトラクターがあった。このドイツ製のトラクターの運転実習もあり、みんな大いに喜んだ。当時のことだから自家用車の時代でもなく、みんな生まれて初めて「運転」なるものを体験することができたからである。
そのとき農業機械の先生が私どもに次のように教えた、日本ではトラクター化はできない、火山灰土壌と水田という条件のもとでは無理なのだと。私もそうだろうなと思った。こんな大きな重いトラクターが日本の湿った田んぼに入って耕したり、代掻きをしたりすることはできないだろうと考えたからである。田植えや稲刈りの機械化はましてやである。あの手作業を機械で置き換えることなどできるわけはない。実際に60年代初頭の第一次農業構造改善事業で導入した外国製の大型トラクターや大型コンバインは失敗した。
ところがである。農場で話を聞いてから10年も過ぎないうちにそれらの機械ができあがり、一挙に普及し始めたのである。
まず60年代の終わりころから乗用の「中型トラクター」が急速に普及し始めた。田んぼの中にずぶずぶ沈んだりしないし、車輪のわだちも傷のように残らない、耕耘機より性能はいいし、泥の中を歩き回らなくともすむので仕事は楽である、何とすごいものだろうと思ったものだった。
さらに、前に述べたように刈り取り機(バインダー)が、また籾の損傷や損失も少ない生脱穀機が開発され、やがてこの両者の性能とを併せ持ち、しかも比較的狭い日本の農地に合わせた中小型・歩行型(後に乗用型もできた)の刈取+脱穀の結合機械、いわゆる「自脱型コンバイン」が開発された。
ほぼ同時に、個人でも導入できる小型の「火力乾燥施設」も開発された。
かくして、農協や集落の所有する共同利用施設のライスセンターを利用しなくとも、あるいはそれが地域になくとも、自脱コンバインを導入することが可能となった。それで、それぞれの家の事情に合わせて作業をしたい農家は一斉にそれを導入した。
その機械化は、棒がけ、はざ掛けの田んぼが一面にひろがる日本の秋の風景を消滅させるものでもあった。山形県庄内平野の棒がけ、新潟県蒲原平野のはさかけの一面に広がる風景はよく写真家によって撮され、写真展や新聞・雑誌などで紹介されたものだが、その見事な風景は見られなくなってしまった。
防除についてはすでに機械化は進んでおり、除草については薬剤散布ですむようになっている、手作業が残るのは田植えと育苗だけとなった。とくに田植えが突出して人手が必要となり、田植えの人手集めにみんな苦労することになった。
しかし、田植えの機械化はできないだろう、あの小さく細く柔らかい幼苗を何本か指ではさんで田んぼの泥土に挿すという作業を機械化するのはきわめて難しいからである、私だけではない、みんなそう思っていた。
ところが何とその田植機ができたという。当時埼玉県の鴻巣にあった農水省農事試験場を中心に農機具メーカーがその開発に取り組み、完成したというのである。70年前後だったと思う、早速その機械が田植えするところを見に連れて行ってもらった、驚いた。機械の上に載せられた本当に小さな苗(これまでのような「成苗」ではなく「稚苗」を移植するのだと言う)を金属製の植え付け爪が手指と同じように2~3本挟み取り、機械が前進するとともにその植え付け爪が動いて田んぼの土にその苗を挿し込む、同時に苗を離す、そしてまた今の行動を繰り返す、よくもまあ考えたもの、さすが日本人である、笑うしかなかった。
なお、その苗作りだが、それは建物=育苗施設のなかで、苗代の土ではなく育苗箱に播種し、散水によってのみ発芽・生育させるというものだった。かつてであれば「稚苗」とよばれた小さい苗に育て、それを田植機に載せてさきほどのべたようにして植えるのである。
そんななえで育つのかと心配したものだったが、ちゃんと育つから不思議だった。このように育苗は苗代ではなくて施設でなされるようになったのである。
この「田植機」が70年代後半急速に普及し、手植えはほとんど見られなくなった。多くの人でにぎやかだった田んぼは、田植え機の音のみが支配するようになった。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
いちじく「博多とよみつひめ」特別価格で予約受付中 JAタウン2025年6月16日
-
兵庫県川西市特産早生桃「日川白鳳」の即売会 19日に開催2025年6月16日
-
鳥インフル 英ウェスト・ヨークシャー州などからの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2025年6月16日
-
政府備蓄米を一部の店舗で販売開始 ウエルシア薬局2025年6月16日
-
新専務理事に小澤浩二氏が就任 第34回通常総代会を開催 パルシステム山梨 長野2025年6月16日
-
岩手県内初「コメリPRO盛岡津志田店」6月27日に新規開店2025年6月16日
-
乾燥と過湿に同時耐性を持つササゲ遺伝資源を発見 国際農研2025年6月16日
-
愛知・岐阜・三重限定「東海うまいもの大集合」17日から開催 セブン‐イレブン2025年6月16日
-
ダブル連結トラック活用で定期輸送開始 亀田製菓・新潟輸送2025年6月16日
-
TVアニメ『未ル わたしのみらい』ちゃやまち推しフェスティバル2025に出展 ヤンマー2025年6月16日
-
JA佐久浅間で草取り体験 草も虫も育む豊かな田んぼを体感 パルシステム東京2025年6月16日
-
【役員人事】日本生活協同組合連合会(6月13日付)2025年6月16日
-
「ハッピーミルクプロジェクト」2201万5567円を日本ユニセフに寄附 コープデリ連合会2025年6月16日
-
総事業高は前年比102.9% 第26回通常総代会を開催 パルシステム神奈川2025年6月16日
-
事業高は前年比102.2% 第34回通常総会を開催 コープデリ連合会2025年6月15日
-
シンとんぼ(146)-改正食料・農業・農村基本法(32)-2025年6月14日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(63)【防除学習帖】第302回2025年6月14日
-
農薬の正しい使い方(36)【今さら聞けない営農情報】第302回2025年6月14日
-
群馬県の嬬恋村との国際交流(姉妹)都市ポンペイ市【イタリア通信】2025年6月14日
-
【特殊報】水稲に特定外来生物のナガエツルノゲイトウ 尾張地域のほ場で確認 愛知県2025年6月13日