(283)「意図的な不均衡」と生き残り【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2022年5月27日
大学院の講義で「意図的な不均衡の創出」を取扱いました。世の中の多くの物事において、均衡や安定は重要な概念と考えられますが、実はベンチャー企業の成長などでは「意図的な不均衡の創出」ということが行われます。
日常生活から企業経営、そして地球環境に至るまで均衡や安定という概念は魅力に満ちている。経済学における均衡は「マーシャルの一般均衡」などがよく知られているが、ここではもう少し簡単かつ実践的に考えてみたい。
日々の農作業やオフィスワークを行う中で、あらゆる要素は変化しているが、長い目で見るとそれほど変化していないことがある。去年と同じことの繰り返し...、のようなものだ。だが、去年と同じことを繰り返したから全てが同じかというと、実はヒトも組織も、そして周辺環境も微妙に1年前とは変わっている。
同僚の何人かは退職や転勤したかもしれないし、オフィス備品のいくつかは破損やリース期限が来て入れ替わったかもしれない。何より当人が確実に1歳、年をとっている。
ミクロな視点で見ると去年と異なる点はいくつも確認できるが、○○農場やJA○○は昨年と同様に存在し、マクロな視点で見れば同じということになる。これを一種の「動的均衡・動的平衡」と呼ばれる状態と見なすと面白い。
現実には、この状態が半永久的に持続することを望む人もいれば、何とかしてこの状態を破壊し、新しい均衡状態を求めようと必死になる人もいるからだ。
実際、人間の心には相反する矛盾した感情が共存している。例えば、安定を望むが刺激も欲しい、同じことを続けたいが新しいこともやりたい...など、数え上げればきりがない。考えて見れば欲張りな話だが、生命科学分野の話を読むと、生体内では常にさまざまなタンパク質が壊されては作られる...つまり、破壊と合成が繰り返されているという。
経済学の分野ではシュンペーターが唱えた「創造的破壊(creative destruction)」という言葉が有名だ。この理論のポイントの1つは、経済全体は生き物あるいは細胞のように破壊と創造を繰り返して、最も成長する分野に構成要素が再結集する...そしてある過程がひと段落し均衡状態が継続すると再び次のステージに向けた創造的破壊が始まる。1つの均衡から次の均衡に至る過程こそが成長という点であろう。
かつての日本では破壊を「ガラガラポン」と言ったが、最近では「グレート・リセット」などという表現も見るようになった。話はずれるが、似たようなものとして、日本では細分化し過ぎた仕事スタイルを昔から「タコつぼ化」などと言っていたが、米国の穀物保管施設のように「サイロ・エフェクト」などと言うと同じ内容が多少は上品に聞こえるところが何とも言えない。
話を戻すと、例えば、GATTからWTO、TPP、RCEP、そして最近のQUADに至る一連の流れも、横文字のひとつひとつを短期的な均衡状態と見れば、その後に再び新たな不均衡状態を作る過程で成長をめざす試みと見ることが出来る。
これらすべてを「破壊と創造」と見るかどうかは別として、国際社会を構成する各国の意向は日本を含め常に変動することは理解しておく必要がある。その時々の動きをひとつの巨大な生物の活動として見れば、生き残るためには何らかの形での変化が繰り返されることになる。それを当然のものとして認識した上で、個々人や個別企業としては具体的にどうするかを考えざるを得ない。
日本農業も本質は同じであろう。一気に全面リニューアルなどは非現実的だが、生き残るための部分的なリフォームなら十分に可能である。「進化」という生物の生き残り戦略を借用すれば、どこをどうリフォームすれば生き残れるかがわかるはずだ。それは農業の各分野、各地域が実は一番よく見えているのではないだろうか。
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外見は古くても内部はハイテクを装備した建物、海外ではよく見かけます。実はいかにもという形のインテリジェント・ビルより心地よく住みやすい...。
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