第4回 お天道さまにはかなわない2018年5月24日
1944(昭19)年、私が小学校(当時は国民学校と言ったのだが)3年のときだったと思う、初夏のよく晴れたある日のことだ。3時間目の授業が始まったばかりではなかったろうか、突然窓の外が真っ暗になった。真っ黒な雲が低く立ち込めている。当然教室も暗くなり、教科書の字も読めない状況になった。当時のことだから教室に電灯などない。
そのうちゴオーッというすさまじい音が聞こえてくる。風である。今まで体験したことのないような大風、大きな音で先生の声はまったく聞こえない。みんなは声も出ず、顔を見合わせるだけ、その友だちの顔もよく見えない。当然授業は中断だ。何か倒れたような飛ばされていくようなドーンと何か落ちたようなすさまじい振動音がする。何が起きているのか窓の外を見ても雨でまったく見えない。
これが大嵐というものだろうか。嵐というのは本で呼んだことはあるが、私にとっては初めての体験だった。30分だろうか1時間だろうか、その間何をしていたのか記憶もない。ただただ黙って、恐怖と不安で身を縮めて腰掛に座っていたことだけは覚えている。
やがて風はやみ、教室は明るくなってきた。日も射してきた。みんなほっとした顔をし始めたところで授業は再開した(そのときに先生が何を言ったのかも全然覚えていない)。
下校時間となって家に帰って聞いたのは、近くの八幡神社(前回話した)の大欅の木が途中から折れてその隣のお寺の庫裏の屋根の上に落ちたという話だった。たまたまその庫裏の部屋におばあちゃんが病気で寝ていたらしいが、便所に行こうと隣の部屋に入ったところに落ち、命は助かったとのことだった。
早速八幡様に見に行ってみた。何百年もの樹齢の幹の白い大きなけやきの木(雷で途中で折れていたが)、今であれば天然記念物だろう、それが途中でぽっきり折れていた。その上半分が庫裏の上に落ちてみるも無残にぺっちゃんこにつぶれていた。よくまあおばあちゃんが腰を抜かした程度で助かったものだと驚いた。それ以外の被害はわからない、新聞にもラジオにも出ない。当時それは軍事機密だったからだ。
私はこの時が初めての体験だったのだが、こうした嵐を「台風」と呼ぶと知ったのは戦後のことだった。
戦中は天気予報などなかった(敵軍に予報が知られると困るからと中止させられていたとのことなのだが)からましてや知る由もなかった。たとえあったとしても当時の農家のほとんどはラジオなど持っておらず、新聞をとっているものも少なく、知ることはできなかっただろうが。私などは天気予報があることすら知らなかった。そもそも予報などできるわけはないと思っていた。
戦後、キャサリンとかアイオンとかアメリカの女性の名前がつけられた台風が大きな被害を及ぼしたが、それはラジオの天気予報で知らせてくれたし、その被害はニュースにもなった。
しかし、台風がこの地域を通るなどと予報してもなかなか当たらなかった。明日は雨とか晴とかいうけれどみんなあまりあてにしなかった。「天気予報、天気予報、天気予報と三度唱えると中らない(食中毒にならない)」とまで言われるほど当たらなかった。戦後でさえそうだったのだから、戦前などはおして知るべしだったろう。
あんな天気予報程度なら昔からの言い伝えやカンの方がたよりになった。しかし、たとえ経験とカンが当たったとしても、当時の農業技術と社会基盤の水準では十分な予防対策をとることもできず、作物被害を避けることはできなかった。
やはり私の祖母が言うように「お天道さまと赤ん坊にはかなわない」とあきらめ、祈るしかなかったのである。
(※写真はイメージ)
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
(433)「エルダースピーク」実体験【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年5月2日
-
約1cm程度の害虫を強力捕獲「吊るしてGET虫ミニ強力タイプ」新発売 平城商事2025年5月2日
-
農中情報システム 自社の導入・活用のノウハウを活かし「Box」通じたDX支援開始2025年5月2日
-
洗車を楽しく「CRUZARD」洗車仕様ホースリールとノズルを発売 コメリ2025年5月2日
-
戦後80年の国際協同組合年 世代超え「戦争と平和」考える パルシステム神奈川2025年5月2日
-
生協の「地域見守り協定」締結数 全市区町村数の75%超の1308市区町村に到達2025年5月2日
-
ムコ多糖症ニホンザルの臨床徴候改善に成功 組換えカイコと糖鎖改変技術による新型酵素2025年5月2日
-
エフピコ×Aコープ「エコトレー」など積極使用で「ストアtoストア」協働を拡大2025年5月2日
-
JA愛知信連と高機能バイオ炭「宙炭」活用に関する協定締結 TOWING2025年5月2日
-
5月の野菜生育状況と価格見通し だいこん、はくさい、キャベツなど平年並み 農水省2025年5月2日
-
「ウェザーニュースPro」霜予測とひょう予測を追加 農業向け機能を強化2025年5月2日
-
新品種から商品開発まで 米の新規需要広げる挑戦 農研機構とグリコ栄養食品2025年5月1日
-
米の販売数量 前年比で86.3%で減少傾向 価格高騰の影響か 3月末2025年5月1日
-
春夏野菜の病害虫防除 気候変動見逃さず(1)耕種的防除を併用【サステナ防除のすすめ2025】2025年5月1日
-
春夏野菜の病害虫防除 気候変動見逃さず(2)農薬の残効顧慮も【サステナ防除のすすめ2025】2025年5月1日
-
備蓄米 小売業へ2592t販売 3月末の6倍 農水省2025年5月1日
-
イモ掘り、イモ拾いモ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第338回2025年5月1日
-
地元木材で「香りの授業」、広島県府中明郷学園で開催 セントマティック2025年5月1日
-
大分ハウスみかんの出荷が始まる 大分県柑橘販売強化対策協議会2025年5月1日
-
Webマガジン『街角のクリエイティブ』で尾道特集 尾道と、おのみち鮮魚店「尾道産 天然真鯛の炊き込みご飯」の魅力を発信 街クリ2025年5月1日