【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第22回 都市と農村の戦後食糧難の認識(2)2018年10月4日
かつての農家は自分の家で必要な食料をはじめとする生産・生活資材はできるかぎり自分の家で生産しようとした。そして余剰分が出ればそれを販売し、そのお金でよそからしか購入できない生産・生活資材を購入した。
このようないわゆる自給自足経済のもとでもっとも困るのは天候不順による不作である。自分の家で食べるものがなくなるからだ。それなら不足する食べ物をよそから買って食べればいい。と言っても買うだけのお金はない。凶作なのだから、食うものすらないのだから、売るものもないのである。まさに飢え死に寸前、そこをいかに生き延びるかがまさに生死にかかわる問題だ。だから、お年寄りの方が凶作のときの飢えが、それにいかに耐えていくかの苦しみがいつまでも記憶に残り、私たちにも話をしてくれるのである。
ところが戦中戦後は、天候不順・生産資材不足・人手不足などによる敗戦の年・1945年以外、特別な凶作の年はなかった。何とか自分の家で食うものは穫れた。もちろん小作農の場合には収穫量の半分近くを小作料として払わなければならない。しかし戦中戦後は政府の指示のもとに小作料は低く抑えられ、しかもこれまでの物納制から金納制(統制価格で評価されるからきわめて安い)となっていた。だから、戦前よりも米や農産物が余計手元に残るようになり、前よりも飢えの心配は少なくなった。
もちろん供出割り当てはきびしく、つまり農家の手元に残る食料は十分なものではなく、さらに身内の疎開者や引揚者を迎え入れたので、小作料のない自作農でも糧飯や雑炊を食べなければならなかったのだが。農村に買い出しに行くと、冷たく断られた、ろくに売ってくれなかったと恨む都市住民もいたが、こちらも生きていくのがせいいっぱい、戦前以下の貧しい食生活をしていたし、売ってあげたくとも売るものがなかったのである。
しかも、自分の家で生産するもの以外の食べ物、たとえば魚や砂糖などは都市住民並みに、いや当時の交通運輸条件などからしてそれ以上に、不足した。そして苦労した。しかし、飢餓状態とまではいかなかった。
もちろん、兵士として外地に出征したあるいは開拓民として移住した家族の方は飢餓の極致を体験してこられたが、引き揚げてきてからの家の食事はたとえいかに貧しくともくらべものにはならないほどよかった。
そんなことから戦後の飢餓という都市部でのような話は農家の方がとくにしなかったのではなかろうか。
これに対して、相対的に所得が高かった都市住民にとって食料が買えなくなる、食えなくなるなどという事態は失業など特殊な事態にならない限りあまりなく、農家が凶作による飢饉で苦しんでいても台湾や朝鮮等々からの輸入米を買えば何とか食っていくことができたので、食糧難、飢餓などはあまり体験がなかった。ところが、戦後の混乱なのなかでまた不作・輸入途絶・輸送難等々の下で食料の配給はきわめて少なく、しかも戦災による住宅難、失業があり、まさに食えなくなってしまった。親を失い、家を失った子どもたちなどはましてやだったろう。
こうしてかつて体験したことのない飢餓にあったことから、その印象は農村住民よりきわめて強く残り、語り継がれてきたのではなかろうか。そしてまた改めて食料・農業の重要性を、また平和の尊さを改めて認識し、子どもたちにも伝えようたのではなかろうか。
と思うのだが、どうだろうか。
しかし今は、当時の飢餓を、戦争を体験した人は少なくなり、農業や食料の重要性を認識する人々は少なくなってしまった。
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