【森島 賢・正義派の農政論】 農業者所得の増大を掲げる次元2018年11月26日
農業所得の増大が、農政の目的の第1に掲げられるようになった。農業者所得でなく農業所得である。農協法の第7条がその根拠なのだろう。しかし、次元が低い。
農政の目的は、もっと高邁である。農業を振興し、食糧自給率を高めることで、食糧の安全保障を確保することである。
ここで言いたいのは、農業者の所得は増やさなくていい、ということでは勿論ない。農業所得の増大を第1の農政目的に掲げることの浅薄さである。
いったい、なぜ農業所得を増大させるのか。それは農協法の第1条に書いてあるように「・・・農業者の経済的社会的地位の向上を図り、もつて国民経済の発展に寄与する・・・」ためだという。このことを示さないまま、所得増大だけが一人歩きしている。だから浅薄なスローガンになってしまっている。
浅薄だけなら、まだいい。カネの亡者の呟きのように聞こえる。これでもいいのか。
そもそも「農業所得」の概念に問題がある。増大した所得は、いったい誰の所得になるのか。農業者の所得になるのか、それとも資本家の所得になるのか。さらに外国資本家の所得になるのか。この点を示していない。
農業所得が増大して、その大部分が資本家の所得になっても、このスローガンが実現したことになる。いまの政治家は、そのように考えているのか。
この点は、はっきりと「農業者所得」といわねばならない。そのように読みかえよう。そうしなければ、農政は単なる産業政策の1つになってしまう。
◇
農業者の経済的社会的地位の向上を図ることが、農業者の所得増大の目的のようだが、ここにも問題がある。「上から目線」である。
いまは、農業者の経済的地位の向上こそが求められているのであって、社会的地位の向上は、戦後すでに実現されている。政治家や識者は、未だに農業者の社会的地位は低い、と考えているのだろうか。農業者は、未だに戦前のような半封建的な地位にある、と考えているのではないか。そうして、自分たち政治家は、領主的な地位にある、と考えているのではないか。
それとも、経済的地位の向上こそが重要という点を曖昧にするために、並列して社会的地位の向上を唱えているのだろうか。そうなら、腹黒いと言わざるをえない。
いずれにしても、農村社会の実態を見ようとしない政治家や、人間性に問題のある政治家が、農政を壟断していると言うしかない。
◇
さて、農業者所得の増大であるが、なぜ農業者だけを特別扱いにして、政治が農業者所得を増大しようとするのか。そうした疑問があるだろう。
農業者でなく、所得が少ない経済的弱者は、どうして自分たちが払っている税金を、農業者の所得を増やすために使うのか、という疑問である。自分たちの所得も増やして欲しい、という要求である。農業者所得の増大というスローガンでは、この点の理解ができない。
農業者は、同じ弱者が払っている税金を使え、と要求しているのではない。巨額の内部留保金をため込んでいる企業、つまり、弱者ではなく強者の税金を増やして、それを使って農業者の所得を増大すればいい、と考えている。
弱者は、それぞれの生産現場で、それぞれが所得の増大を要求すればいいのである。弱者どうしが、足を引っ張り合って醜くいがみ合うのではなく、それぞれの要求を、互いに支持しあえばいいのである。
農業所得の増大というスローガンでは、この点が示されない。それでは、農業者と農業者でない弱者を分断してしまう。
◇
農業は、社会にとって特別に重要な役割を果たしているのだから、農業者の所得は、特別に高くせよ、と要求しているのか。そうではない。それほど独りよがりの自分勝手な要求をしているわけではない。農業者でない弱者たちも、重要な社会的な役割を果たしている。それを否定しているわけではない。
農業者は、人間が生きていくために必要不可欠な食糧を作っている。国土を災害から守っている、農村文化の担い手である。それだけではない。国家主権が侵されないように、食糧の国内生産に励んでいる。さらに、景気変動の安全弁の役割も果たしている。そうした重要な社会的責務を、懸命に果たしている。
しかし、だからといって、世間並み以上の所得を要求しているわけではない。独りよがりの自分勝手な要求をしているわけではない。せめて、弱者である非農業者の所得と同じ程度の所得にするために、所得の増大を要求しているのである。
その上で、強者を含む全国民と同じ程度にまで、所得を増大することを目指している。それは格差が解消した社会、つまり、搾取のない社会での所得水準である。
農協などの協同組合は、そうした格差のない、そして、搾取のない社会の実現を究極的な目標にしている。
◇
あらためて言っておこう。農政の目的は、農業所得の増大などという低俗なものではない、農業の振興による食糧自給率の向上と、それによる食糧安全保障の確保という高邁なものである。農業所得の増大は、この高邁な目的の実現に励む農業者に報いるための手段である。
このように、農政の第1の目的は農業所得の増大だ、などといって、これまでのTPPや日豪EPAや日欧EPAなどの外交交渉で、また、これから始まる日米FTA交渉で、農業を犠牲にして、食糧主権を売り渡そうとしている。
農業所得の増大だ、などといって、農業者の頬をカネで叩いて黙らせるような、卑劣な農政を押し進めようとしている。
だが、そうはいかない。
(2018.11.26)
(前回 外国人労働者の受け入れで賃金が下る)
(前々回 米国の社会主義化)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
【JA全農の若い力】家畜衛生研究所(2)病理検査で家畜を守る 研究開発室 中村素直さん2025年9月17日
-
9月最需要期の生乳需給 北海道増産で混乱回避2025年9月17日
-
営農指導員 経営分析でスキルアップ JA上伊那【JA営農・経済フォーラム】(2)2025年9月17日
-
能登に一度は行きまっし 【小松泰信・地方の眼力】2025年9月17日
-
【石破首相退陣に思う】しがらみ断ち切るには野党と協力を 日本維新の会 池畑浩太朗衆議院議員2025年9月17日
-
米価 5kg4000円台に 13週ぶり2025年9月17日
-
飼料用米、WCS用稲、飼料作物の生産・利用に関するアンケート実施 農水省2025年9月17日
-
「第11回全国小学生一輪車大会」に協賛「ニッポンの食」で応援 JA全農2025年9月17日
-
みやぎの新米販売開始セレモニー プレゼントキャンペーンも実施 JA全農みやぎ2025年9月17日
-
秋元真夏の「ゆるふわたいむ」ダイニング札幌ステラプレイスで北海道産食材の料理を堪能 JAタウン2025年9月17日
-
JAグループ「実りの秋!国消国産 JA直売所キャンペーン2025」10月スタート2025年9月17日
-
【消費者の目・花ちゃん】スマホ置く余裕を2025年9月17日
-
日越農業協力対話官民フォーラムに参加 農業環境研究所と覚書を締結 Green Carbon2025年9月17日
-
安全性検査クリアの農業機械 1機種8型式を公表 農研機構2025年9月17日
-
生乳によるまろやかな味わい「農協 生乳たっぷり」コーヒーミルクといちごミルク新発売 協同乳業2025年9月17日
-
【役員人事】マルトモ(10月1日付)2025年9月17日
-
無人自動運転コンバイン、農業食料工学会「開発特別賞」を受賞 クボタ2025年9月17日
-
厄介な雑草に対処 栽培アシストAIに「雑草画像診断」追加 AgriweB2025年9月17日
-
「果房 メロンとロマン」秋の新作パフェ&デリパフェが登場 青森県つがる市2025年9月17日
-
木南晴夏セレクト冷凍パンも販売「パンフェス in ららぽーと横浜2025」に初出店 パンフォーユー2025年9月17日