【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第47回 食い扶持減と人手不足2019年4月4日
「あそこの家の三男息子、○○村の△△の家に婿入りが決まったんだって」
「食い扶持減ってよかったことねえ」
祖母たちの茶飲み話(山形語でのおしゃべりなのだが、翻訳が面倒なので共通語で書く)が茶の間から聞こえてくる。よくもまああきずに隣近所の噂話をしてるもんだと子どものころ感心していたものだったが、まさに集落は「口度(こうど)情報社会」だった。
ところで今言った「食い扶持が減る」という言葉、今の若い人たちはわかるだろうか。そうである、「家族の誰かが家から出て行ってその家族の食い分が減る」ことを言う。これはイコール残った家族にとっては喜ばしいことである。残った家族の食べる分が増えることを意味するからである。ぎりぎり一杯の暮らしの家などではましてやだ。
経営耕地面積に限りがあるかぎり、「家」を維持するのに最低限必要な直系家族を除いて、嫁入り・婿入り、就職、移民、開拓、何であれ大きくなったら家の外に出て行ってもらい、養うべき家族の人数が減ることは家にとって望ましいことだったのである。
しかし、そのかわりに、これまで子どもが働いていた分の労働が残った家族の肩にかかることになる。もちろん子どもの身体の能力でできる範囲内の仕事なのだが、そのほとんどは生産と生活に必要不可欠なものだったからである。
それは子どもも知っていた、知っていたからこそ遊びたいのを我慢して手伝ったのだが、その労働ががなくなるのだからその分残った家族の肩にかかることになる。たとえその量は小さくとも、そもそも肉体の限度いっぱいまで使って働いているところに増えるのだから、まさに苦役的な労働になる。それでも作業適期を逃すわけにはいかない。そんなことをしたら収穫皆無になる危険性すらあるからだ。だから働く。
他出する子どももそれがもちろんわかっている。だから辛い。それを語っているのが前々回の本稿に書いた「ああ上野駅」の一、二番の歌詞の合間に入る台詞だ。
『父ちゃん 僕がいなくなったんで
母ちゃんの畑仕事も 大変だろうなあ
今度の休みには 必ず帰るから
そのときは 父ちゃんの肩も
母ちゃんの肩も もういやだって
いうまでたたいてやるぞ
それまで元気で待っていてくれよな』(注1)
そうなのである。食い扶持が減ることは人手も減ること、つまり残った家族の労働が過重になることを意味したのである。
戦前も戦後も、よく言われたのが、土地が少なくて働く場がないのに農村に人口が多すぎるから、つまり過剰人口があるから食えないのだ、貧しいのだということだった。しかしいま考えるとこれは矛盾している。前にも述べたが、子どもまで働かざるを得ないということは労働力が不足していること、農業にそれだけ大人の働き口があることを示している。もしも当時の農家すべてが人間的な労働をするとなれば労働力はいくらあっても足りない位だったのである。しかしそれだけの労働力を家においておいたらみんな食えなくなる。労働力は不足しているのだが、食えないということでは過剰だったのである。
そして食えなくしていた最大の原因が地主制だった。収穫の半分近くも小作料として取られるのだから喰えるわけなどないのである。
もう一つは、安く買いたたき高く売りつける商人資本、暴利をむさぼる高利貸資本の支配だった。
さらにもう一つ、手労働中心の低い生産力段階にあり、土地生産性、労働生産性がきわめて低かったことにあった。前にこのコラムで書いた「家族ぐるみの厳しい労働」(注2)はまったく変わりなかった。
戦後の農地改革で農家の貧困の最大の原因が取り除かれた。しかし後の二つは未解決であり、しかも戦後の生産・生活資材不足や低価格強制供出制度があり、村々の貧困はまだまだ変わらなかった。
(注)
1:「ああ上野駅」、歌:井沢八郎、作詩:関口義明、作曲:荒井英一、1964(昭39)年
2:本稿・2018年8月23日掲載「家族ぐるみの厳しい労働」参照
そのほか、本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
【注意報】ピーマンにアザミウマ類 県内全域で多発のおそれ 大分県2025年7月10日
-
【注意報】トマト、ミニトマトに「トマトキバガ」県内全域で多発のおそれ 大分県2025年7月10日
-
【注意報】イネカメムシ 県内全域で多発のおそれ 埼玉県2025年7月10日
-
【特殊報】メロンにCABYV 県内で初めて確認 茨城県2025年7月10日
-
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】コメ増産こそが自給率を向上させる~輸入小麦をコメで代替すれば49%2025年7月10日
-
【第46回農協人文化賞】地道な努力 必ず成果 経済事業部門・愛知県経済連会長 平野和実氏2025年7月10日
-
【第46回農協人文化賞】全ては組合員のため 経済事業部門・宮崎県農協副組合長 平島善範氏2025年7月10日
-
ジネンジョとナガイモ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第348回2025年7月10日
-
【2025国際協同組合年】SDGsと協同組合 連続シンポジウム第4回2025年7月10日
-
備蓄米 コンビニの7割で販売を確認 7月9日時点 農水省調査2025年7月10日
-
【人事異動】農水省(7月11日付)2025年7月10日
-
水稲の斑点米カメムシ類 多発に注意 令和7年度病害虫発生予報第4号 農水省2025年7月10日
-
【JA人事】JA加賀(石川県)新組合長に道田肇氏(6月21日)2025年7月10日
-
【JA人事】JA新みやぎ(宮城)新組合長に小野寺克己氏(6月27日)2025年7月10日
-
「田んぼの生きもの調査」神奈川県伊勢原市で開催 JA全農2025年7月10日
-
「米流通に関するファクトブック」公開 米の生産・流通など解説 JA全農2025年7月10日
-
「おかやま和牛肉」一頭買い「和牛焼肉 岡山そだち」ディナーメニューをリニューアル JA全農2025年7月10日
-
本日10日は魚の日「呼子のお刺身いか」など150商品を特別価格で販売 JAタウン2025年7月10日
-
転炉スラグ肥料がイネの発芽・発根・出芽を促進 農研機構2025年7月10日
-
適用拡大情報 殺菌剤「日曹ムッシュボルドーDF」 日本曹達2025年7月10日