【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第50回 五木と竹田の子守歌2019年4月26日
3~4年前、後輩の中堅研究者二人と雑談していた時のことである、何かの拍子で『五木の子守歌』の名前を出したら二人ともきょとんとしている。戦後採譜されて大ヒットし、音楽の教科書にも載ったことのある熊本県の山村・五木(いつき)村に伝わる子守り歌だ、知らないわけはないだろう、こう言っても、音楽の教科書で習ったことはない、聞いたこともないという。
そうか、彼らの子ども時代は1970年代・高度成長まっただなかの時代、もうそのころは教科書には載っていなかったかもしれない。
そこでまた聞いてみた、それなら京都で採譜された『竹田の子守歌』は知っているだろう、フォークグループ『赤い鳥』が70年代に歌って90年代にヒットした歌だがと。そしたらそれも知らないという。
ショックだった。これは彼らの常識のなさのせいなのか、あるいは音楽的センスのなさのせいなのか、それとも私たちとの世代の違いのせいなのか(そういえば最近はテレビやラジオでほとんど聞かない)、私が時代遅れだからなのだろうか。それにしても彼らは農業経済学者、この歌、そしてその背景も知らないようではどうしようもない。そう思っていっしょにスナックに行き、カラオケで歌って聞かせてやろうとしたが、変に編曲されていてこの歌の真髄を伝えられるようなメロディとは違っている(と私は思う)。それでそのままあきらめて今に至っている。
しかし、とも考える、こんな辛い歌を知らなくともすむ時代になったことはいいことなのかもしれないと。でも農業経済学者であるかぎり少なくとも知識としてだけでももっておくべきではなかろうかと。もしかすると彼ら以外にも知らない方もおられるかもしれない。そこで申し訳ないが、ここでちょっとだけこの子守歌のことを語らせていただきたい(メロディはパソコンで検索して聞いていただければ幸いである、彼らには今度会ったとき、私の美声・アカペラで聞かせてやろうと思っている)。
前回も述べたが、地主や金持ちのなかには貧乏な小作農家の娘を子守りとして住み込みで雇うものもいた。といっても一人前の娘を雇えばその食い扶持、手当てが大変、そこで貧乏人で子だくさんの家の幼い子どもを子守りとして雇った。
『五木の子守歌』はその子守り(=守っ子)が子どもをおんぶしてあやしながら歌った歌だった。
「おどま盆ぎり盆ぎり
盆から先きゃおらんと
盆が早よ来りゃ 早よもどる
おどま勧進勧進
あん人たちゃよか衆
よか衆ゃよか帯 よか着物」
戦後の1953年、古関裕而(注1)が採譜して大ヒットした『五木の子守歌』の一、二番の歌詞である(三番以下は省略)。なお、この二番のなかの「おどま」は自分のことであり、「勧進(かんじん)」は小作人や乞食、「あん人たち」はあの人たち=自分の雇い主、「よか衆」は金持ち、旦那衆のことである。
この元歌(正調)の一、二番の歌詞は次のようなものだったという(注2)。
「おどまいやいや
泣く子の守りにゃ
泣くといわれて 憎まれる
ねんねした子の
かわいさむぞさ
起きて泣く子の 面憎さ」
もうあえて説明するまでもないだろうが、そもそもは地主・金持ちの家の子守りに雇われた(というより年限付き身売りだったが)貧乏人の娘がその辛さを嘆く歌なのである。
もう一つ、1970年代に注目された『竹田の子守歌』では子守りは次のように歌っている(注3)。
「守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし
盆がきたとて なにうれしかろ
帷子(かたびら)はなし 帯はなし
この子よう泣く 守りをばいじる
守りも一日 やせるやら
はよもいきたや この在所(ざいしよ)越えて
むこうに見えるは 親のうち」
『赤い鳥』の女性ボーカルの歌は辛く切なく聞こえ、とくにこの四番のあたりにくると涙が頬を伝ってきて困ったものだった。
(注)
1.福島県出身の作曲家、来年春から放送予定のNHK連続テレビ小説の主人公のモデルとなるとのことなので、詳しい紹介は省略する。
2.「五木の子守唄」(Wikipedia)より引用。
3.「竹田の子守唄」(Wikipedia)参照
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