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コラム:食料・農業問題 本質と裏側

【鈴木宣弘・東京大学教授】

2019.12.12 
【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】国民を犠牲にして我が身を守るか、身を賭して国民を守るか一覧へ

◆1月1日発効ありき

 2020年1月1日発効ありきで、日米貿易協定が拙速・強引に国会承認された。米国の自動車関連の関税撤廃の約束は「ない」が、どこにも書いてないものを「ある」と言い張って、貿易カバー率が5割強しかないのに9割をカバーしていると粉飾して前代未聞の国際法違反協定を強行した。子供もだませない虚偽説明も、ここまで露骨になるとは思いもよらなかった。

 日本にとっては失うだけの史上最悪の恥ずかしい協定を、事実を捻じ曲げてまで、米国大統領の選挙対策だけのために、なぜ、ここまで急がねばならなかったのか。「それでも国会承認するなら、その責任を日本の国会議員の皆さんが負うことになる」と参議院の参考人意見陳述で述べたら、「何言ってるんだ、選んだのは国民だ」とヤジがとんできた。

◆霞が関の苦悩

 筆者も、役所時代はもちろん、大学に出てから多くのFTA(自由貿易協定)の事前交渉(産官学共同研究会)に参加してきたが、経済産業省や外務省や財務省がWTO(世界貿易機関)ルールとの整合性を世界的にも最も重視してきたと言っても過言ではない。良識ある官僚の本心は断腸の思いではないかと察する。
 振り返ると、日本の農林漁業を守り、国民への安全な食料供給の確保を使命としてきた農林水産省にとっては、TPP(環太平洋連携協定)交渉への参加は、長年の努力を水泡に帰すもので、あり得ない選択肢であった。何としても阻止すべく、総力を挙げて闘ったが、押しきられた。痛恨の極みだった。結局、「TPPには参加しない」と言って参加し、「重要5品目は除外」と言って除外せず、「日米FTAを避けるためにTPP11をやる」と言っておきながら日米協定も成立してしまった。すべて政治家の発言は虚偽だったことがあとから判明しても誰も責任を取らない。ただ、農水官僚が被害を最小限にしようと奮闘したことは事実だ。
 国内制度についても、酪農の指定団体制度も、種子法も、漁業法も、林野の法改定も、農林漁家と地域を守るために、知恵を絞って作り上げ、長い間守ってきた仕組みを、自らの手で無惨に破壊したい役人がいるわけはない。それらを自身で手を下させられる最近の流れは、まさに断腸の想いだろうと察する。
 実は、例えば、漁業法については、「水産庁内での議論がないどころか、案文もほとんどの人は知らなかった」との指摘さえある。霞が関を批判するのはたやすいが、上から降ってくる指令に逆らえば即処分される恐怖の中で彼らも苦しんでいる。

◆少数のオトモダチの儲けのために国民が犠牲に

 しかも、規制緩和や貿易自由化といわれている実態は、日米の政権に結び付いた「今だけ、金だけ、自分だけ」のごく少数のオトモダチ企業の儲けを増やすことである。国家戦略特区で農地買収を例外的に認められた企業と、人や国の山を盗伐してハゲ山にしてバイオマス発電で儲けて植林義務もなく「食い逃げ」できるようになった企業と、洋上風力発電のために人の漁業権を無理やり補償もなしに強奪できるようにしてもらった企業は、同一企業なのである。
 米国政権のオトモダチ企業の筆頭格のグローバル種子企業は、日本で公共の種の提供(種子法)を廃止させ、それを自分のもの(公共の種の譲渡を義務付ける新法8条4項)にし、それを買わないと生産ができなくして(種苗法の改訂)、遺伝子組み換え(GM)食品表示を実質無効化(2023年4月施行)し、ゲノム編集も完全野放し(2019月10月)にしてもらった。発がん性のある除草剤の残留基準値も多いものでは100倍以上に緩めさせた。日本人の命を守るための基準値が米国で使用量を増やしたことによる残留量の増加で決められている異常事態である。
 世界的にグローバル種子企業に逆風が吹き始めている中、唯一なんでも言いなりに聞く日本を最大の餌食とする戦略に徹底的に応えて国民の命を差し出しているのが日本国である。彼らは、人の薬の製薬会社と合併し、GMと除草剤で日本人の病気を増やし、病気の増加が合併した企業の薬の売り上げ増になれば、「2度おいしい、新しいビジネスモデル」と言っているとの噂さえある。
 日本市場で儲けている保険会社(A社)のために、民営化させられ、窓口でA社の保険販売もさせられ、こんどは違反営業でたたかれて、結果的にA社の保険のノルマが3倍になり、「郵政がA社を買収か」といいながら、実は「母屋を乗っ取られそう」になっている郵貯マネー強奪劇もすさまじい。JAマネーは踏ん張れるか。

◆我が身を犠牲にしても国民を守る覚悟あるリーダーを

 残念ながら、「今だけ、金だけ、自分だけ」は、日本の政治・行政、企業・組織のリーダー層にかなり普遍的に当てはまるように思われる。国民、市民を犠牲にして我が身とオトモダチを守るのがリーダーではない。「我が身を犠牲にしても国民を守る」覚悟を示すのがリーダーではないか。真に「国民を、国を守る」とはどういうことなのかが今こそ問われている。

 TPPから日米協定まで来てしまったが、その場しのぎのどんな虚偽もまかり通って、すべて虚偽だったことがあとから判明しても誰も責任を取らず、国民は、さらに悪い事態へ移行させられていく。国民・国家に対する特別背任罪も必要である。

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