日本を創った男・渋沢栄一 「逆行の時こそ尽力」に学ぶ【記者 透視眼】2021年2月19日
NHK大河ドラマ「青天を衝け」主人公の渋沢栄一は興味深い。利益第一主義を戒め、今のSDGsにも通じる先見性と「民の力」を信じた。メディアの力が大切と印刷紙にも注目した。関東大震災時の「逆行の時にこそ力を尽くせ」こそが渋沢の真骨頂だ。(敬称略)
〈雄気堂々、斗牛を貫く〉
名前は聞いたことがあるが、何をやった人かよく分からない。渋沢の名から浮かぶ正直な感想だろう。個人的には、司馬遼太郎と城山三郎が小説の題材に取り上げているかどうかで、歴史的な人物評価のもの差しとしている。いずれも自由人で愛すべき人間で、なにがしかの正義感と憂国の士の国家感をもつからだ。
城山は渋沢を『雄気堂々』で描いた。タイトルは本人がよく口にした〈雄気堂々、斗牛を貫く〉から。なるほど、その通りに生きた。テロリストから幕臣に転じ徳川慶喜に恭順する。維新後は、請われ明治政府で働くが野に下り実業家となり、日本近代化を「民の力」で支えた。
11月11日、ドラッカーと同じ命日
先週、東京・大手町のJAビルからの帰り道に、皇居近くの東京商工会議所を訪ね開催中の渋沢の特別展を見た。渋沢は東商初代会頭を務めた。これほど多くの企業を立ち上げ、多くが今も発展を続ける。東商のすぐそば、帝国ホテル、日本郵船、みずほ銀行(当時、第一国立銀)をはじめ、500以上の企業創設などに関わった。まさに日本資本主義を創った人物そのものだ。
元祖イノベーターでもある。製紙業に注目したのは、今で言えばインターネットと同じ。安価に紙を大量生産し、新聞や雑誌を興す。情報や知識を人々に広げるため、メディアの存在を重視した。中外商業新報(現日経新聞)、東洋経済新報、実業之日本などに関わる。
20世紀の知性で経営哲学者のP・F・ドラッカーは「道徳経済合一説」と唱えた渋沢を絶賛した一人だ。日本に長寿企業が多いことを調べる中で、その大半に渋沢が関わっていることを知る。
1931年、ドラッカー22歳の時に渋沢逝く。享年91。二人の巨人は生きた時代が違うが、それから74年後の2005年にドラッカー逝く。享年95。共に長寿を全うし、同じ11月11日が命日というのも歴史の巡り合わせか。
高島秋帆と藤田東湖
大河「青天を衝け」初回に登場した二人の偉人に注目したい。一人は罪人として牢に入る高島秋帆、今一人は水戸藩主・徳川斉昭の腹心で知恵袋の藤田東湖だ。共に渋沢に影響を与える。
秋帆は長崎で最新技術を取得した砲術家で、後に日本の軍事近代化に大きく貢献した。砲術を披露した野原は、東京の巨大団地・高島平として今も名が残る。
東湖は頭脳明晰な水戸学の大家で、各人が天下の大事に積極的に関わることを促し吉田松陰など幕末の志士に大きな影響を及ぼす。文学的素養にも優れ、著書に『回天詩史』もある。
〈回天〉は後に奇兵隊を組織する長州藩・高杉晋作が藩論を倒幕に覆す時に発するが、東湖の影響もあったろう。〈回天〉の二字は先の大戦で戦局を大きく回転させると人間魚雷の名にもなった。
ちなみに、東湖は幕末の1855年に発生した安政の大地震で、母親を助けようとして命を落とした。享年50の若さ。命日は11月11日。奇しくも渋沢と同じだ。
一万円札の「顔」の攻防
渋沢は3年後の2024年から新一万円札の〈顔〉となる。これにまつわる話を。実は今の「福沢諭吉」が異例の中の異例だった。日本銀行券の一万円札はほぼ二人の人物で占められた。聖徳太子と福沢だ。
もっとも、両人を比べるのは品格、育ち、実績とも桁が違いすぎる。聖徳太子は1958年から約40年間流通した。だから〈聖徳太子を一枚〉など、かつては一万円札の代名詞となった。福沢は1984年から。2004年に今の福沢の肖像になってからは20年ぶりに〈顔〉が代わる。
大半が20年周期で交代となる中で、なぜこうも福沢が最高額紙幣の〈顔〉で通算40年もの長きにわたり、生きながらえたのか。実は政治判断が大きく関わる。
1984年から20年経った2004年、紙幣の〈顔〉が一斉に代わる。だが福沢だけは論議から外された。舞台裏を数年前、細川興一日本政策金融公庫総裁(当時)から聞いた。当時の首相は長期政権の小泉純一郎、蔵相は塩川正十郎。共に福沢が創立した慶応大出身だ。「とても福沢諭吉を交代させるなど言い出せる雰囲気ではなかった」と言う。
福沢自身は全く望んでいないだろうが、慶応出はなぜか福沢をまつりあげる傾向が強い。こうして、一万円札で聖徳太子以外では、福沢が政治的思惑と忖度で今も続く長く〈顔〉となってきた。
政治家は早大「雄弁会」出と官僚出身の東大出が多いが、慶大も増えている。政界での学閥が紙幣の〈顔〉にまで影響を及ぼした事例だ。今回の渋沢が新たな〈顔〉に切り替わることで、こうした悪弊は一度リセットした方がいい。
揮毫は〈人間貴晩晴〉と〈順理則裕〉
渋沢は頼まれれば気軽に揮毫に応じた。特に〈人間貴晩晴〉と〈順理則裕〉の二つの言葉を好んで書いた。
先の言葉は〈天意夕陽を重んじ、人間晩晴を貴(たっと)ぶ〉から。「輝きながら沈む夕日が天の意志であるように、人も輝く晩年を社会のために尽くすべき」ほどの意だ。次の四字は座右の銘とも言うべきもので、道理に順(したが)って生きることが、結局は繁栄につながる。
さて渋沢なら今の混迷のコロナ禍、大震災から10年の中で、どう行動しただろうか。記者の〈透視眼〉には、迅速かつ計画的な渋沢の動きが映る。
渋沢は約100年前の関東大震災時に、政府で陣頭指揮を執った後藤新平に請われ復興に奔走する。その時に発した「逆境の時こそ力を尽くせ」。実業家40人を束ね「民の力」で資金支援に乗り出した。渋沢ならコロナ禍の経済格差是正にも取り組んだはずだ。没後90年、渋沢から学ぶことは多い。
(K)
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