「耕して天に至る」【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第203回2022年6月30日
『裸の島』という映画がある。1960(昭35)年に新藤兼人監督、乙羽信子・殿山泰司主演で近代映画協会により製作され、国際的にも高く評価されたものである。
瀬戸内の島の段々畑を耕す農家の暮らし、水がないために毎日段々畑を上り下りしながら桶に入れた水を天秤棒で担いで運び、それを柄杓で幼苗にかけている姿を淡々と描いているのだが、何とも苦しい。しかしこれは映画芸術という面からはもちろん、かつての農業の姿の一側面を知る上でも、必見の名画である。農業関係者ならましてや見てもらいたい(といってもレンタルビデオ化されているかどうかわからないが)。

こうした瀬戸内の島々の海岸から頂上まで連なる段々畑を見て、日清戦争の講和のために来日した清国の全権・李鴻章が驚き、次のように嘆いたという。
「耕して天に至る。以てその貧なるを知る。しかるに我が国土広大なるも、国力において劣れり」
しかし、これは私が若い頃に覚えたのとは最初の方がちょっと違っている。本を読んで知ったのか誰かから聞いたのか忘れたが、私は次のように記憶している。
「耕して天に至る。これ貧なるか、勤なるか。しかるに......(以下、上記と同文)......」。
私の記憶がまちがっていたのか、教えてくれた人もしくは私の読んだ本がまちがっていたのかはわからないが、きっと私の方がまちがっているのだろうと思う。
それでも私はこの後者、耕して天に至らしめたのは日本の農民が貧しいからなのか、勤勉だからなのかと問う言葉のほうが好きだ。
急斜面に刻まれた見事なばかりの段々畑や棚田はまさしく日本の農民の貧しさと勤勉さの両面を示すものだと思うからだ。
中四国の山間部に行くと、こうした段々畑や棚田が見上げるばかりの高い山の急傾斜地につくられ、そうした田畑の間に農家の住居がぽつりぽつりと散在する風景がよく見られたものだった。向かい側の山から見たこの風景、切り立った山のてっぺん近くまで石垣等を積んだ田畑がつくられ、その険しい中腹に家が点在する風景は本当に見事であり、もし私に絵筆の才があるなら描きたいとさえ思う。しかしその一方で、生産や生活は大変だろうなと考え込んでしまう。田畑は家の近くにあるので上り下りはあっても何とかやれるだろうが、村や町の中心部、学校などに往き来するために家の下の谷間に沿ってくねくねと曲がって伸びている主要道路まで急傾斜の細い道を上り下りするのは、いくら慣れているとはいっても、本当にきついだろうからである。
これを何とか解決して住みやすく、農耕をしやすくできないだろうか、今の科学技術の水準からすると十分に可能なのではなかろうか、そんなことを考えたものだった。
今から30年ほど前になろうか、広島から島根に向かうローカル線に乗った。列車は山あいのうねうねと曲がりくねった線路を延々と走る。
窓から外を見ると、畦畔が石垣でつくられている棚田があちこちにある。大小形状さまざまの石が見事に組まれている。まさにすばらしい技術だ。後で聞いたことだが、かつてはこうした石組みの技術を農家のほとんどがもっていたらしい。そうした技術をもっているお年寄りがいまもいるという。各地に残るお城の壮大な石垣の造成技術はそもそもはこうした農家の技術が基礎となったものなのだろう。
しかしながらこうした棚田の生産性は低い。区画が小さくて機械も入らないところもある。それもあって耕作放棄が進み、荒れた棚田が散見されるようになってきた。1960年代の後半からのことだった。
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