インド太平洋"自由で開かれた"から"経済枠組み"へ①【近藤康男・TPPから見える風景】2022年8月25日
安倍元首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略(以下FOIPと表現)」とバイデン政権の「インド太平洋経済枠組み(22年2月公表、以下IPEFと表現)」。いずれも“インド太平洋”という枠組みで打ち出されている。
2018年、米中貿易摩擦が目立つようになり、その後世界の分断も深まり、ロシアのウクライナ侵略以降、更にそれは顕著になろうとしている。QUAD(2007年頃から徐々に始動した日米豪印戦略対話)、AUKUS(21年9月米英豪の軍事協力)など様々な連携・枠組みなどが加わり、国際秩序はあたかも“陣地取り”の様相を呈している。そしてその狭間にアジア、中南米、中東、アフリカの国々がある。
今回は、安倍元首相の提唱したFOIPがどのような経過で打ち出され、経済政策・通商外交としてどのような評価が可能なのか考えてみたい。
「自由で開かれたインド太平洋戦略FOIP」
まず、安倍首相が2016年8月27日第6回アフリカ開発会議TICADで提唱したとされる"FOIP"について考えたい。ただこの演説では直接的には"FOIP"という表現は使われず、「太平洋とインド洋,アジアとアフリカの交わりを」といった言葉で表現されていた。(注1)
その後、外務省外交青書はじめ、様々な文書で「自由で開かれたインド太平洋戦略」と謳われるが、最初に明示されたのは2018年1月の第196国会での首相演説と思われる。(注2)
その後同年11月のトランプ米大統領との会談で確認・共有し、更に19年には13ヶ国・地域とも連携・協力が謳われた(20年3月現在:英国・フランス・ドイツ・イタリア・EU・太平洋島嶼国・ASEAN・インド・豪州・カナダ・米国・メコン諸国・ニュージーランド)。
安倍氏は第一次政権時の2007年8月22日インド国会での演説の中で、「2つの海の交わり(太平洋・インド洋)」という表現を使用し、幅広い連携を呼び掛けている。FOIPにつながる考え方と言える。(注3)
経済連携戦略としての「インド太平洋戦略」
米中覇権争い・バイデン氏のIPEF、更には安倍首相の保守・防衛力拡大指向により、最近は地政学的観点・安全保障の観点での議論が目立つようになっているが、上述した演説を読む限りFOIPは経済戦略として提唱されていた。
07年のインド国会での演説では、"共に安全保障上の課題を考える"、"シーレーン安全に死活的利益を託す"という表現が一度づつ使われたが、200人の企業代表と共に訪れたインドでの演説の大半は、日印の経済連携協定締結に代表される経済連携に大半の時間が割かれている。
16年8月のTICAD演説では一層幅広い経済協力・支援・連携が謳われ、経済安保を窺わせる具体的言葉も登場していない。
18年1月の国会演説、17年外交青書の特集も同様だ。ただ、FOIPが特集として掲載された18年、19年の外交青書では少しづつ安全保障・海域の秩序確立などに触れることが増えててきた。
トランプ政権以降の米中覇権争いが激しさを増していることも影響していると思われる。
FOIPは掛け声倒れに終わったのではないか
本稿では、安倍氏の在任中における経済連携協定と投資協定の実現、それを通した経済成長、そして、通商外交において常に引き出物とされる農産物輸入の問題の4点を指標として取り上げてみる。安倍首相の在任期間が06年9月~07年8月及び12年12月~20年9月なので、GDPと農産物輸入については、安倍政権下の「07年、13年~20年の合計金額」と「06年、12年~19年の合計金額」との比較、2000年代の安倍政権以外の期間としての「2000年~06年、08年~12年の合計金額」と「99年~05年、07年~11年の合計金額」の比較をし、安倍政権下の期間とそれ以外の期間とを比べてみた。
結論から言えば、安倍首相の派手な物言い、立ち居振る舞い同様、上述の4点の指標からは、FOIPが"掛け声倒れ"だったと言えそうだ。ただ長期に及ぶ経済停滞が続く中での僅かな違いとも言えよう。安倍政権下における実質GDPの伸びはそれ以外の期間より小さく、逆に農産物輸入の伸びは大きかった。
※実質GDP円貨:国民経済計算マニュアルに基づくデータ(注4)
※常に国会でも追及される輸入農産物の輸入金額:農水省輸入累年実績(1055年~2020年)(注5)
次に経済連携協定について見てみよう。
※我が国の経済連携協定等の取り組み(注6)
22年6月16日現在、発効済み20協定中(TPP12含まず)安倍氏が在任中に交渉開始したものが8件、発効したものが5件、その他交渉開始が早かったものの未だ交渉中の3件は、いずれも安倍氏の在任期間中に交渉が開始されている。
必ずしも経済連携の地理的な輪を拡げる点で積極的な動きとは言い難いが、しかしCPTPP、RCEP、日EU・EPAなどの広域多国間経済連携などは安倍氏のリ-ダ-シップに寄るところが大きかったと言えるだろう。ただ、これらの経済連携協定の内容は、グローバル企業の権益を拡大し地域経済・公共を制約する点で、筆者としては反対の立場に立っている。
投資協定についても必ずしも安倍政権のリーダ-シップが見られて訳ではない。
※経産省:投資協定の一覧(22年4月更新)(注7)
経済連携協定とは別に締結された投資協定は35件、2010年以前の発効が14件と比較的多くみられる。安倍政権下での締結は半数以下の13件で、その大半は経済連携協定を締結していない国との間での協定(補完的)である点が特徴的と言えよう
アベノミクスの3本の矢はどうなった?
大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3本の矢が打ち出されたが、財政政策は成長に結びつかないまま財政赤字を拡大しただけであり、具体的戦略を欠いたままでは民間投資・成長も進まなかった。唯一目立った金融緩和も期待インフレ率の2%は予定通り進まず、22年になり2%に手が届くようになったら、数値を基準とすることなく、異次元?の金融緩和継続のみに拘り続けている。結局主要国最大の財政赤字・巨額の金利負担(20年の政府総債務残高1393兆9千億円、想定金利を1%超えると約4兆円の負担増)に身動きがとれなくなっているのではないだろうか?国内企業物価指数は22年に入ってから前年比9%超が続いているが、(注8)この傾向を制御できるのだろうか?唯一雇用の改善は進んだが、将来保障や給与改善も担保されず、成長に結びつかないままだ。
次回はバイデン政権のIPEFに触れたい。
(注1)https://www.mofa.go.jp/mofaj/afr/af2/page4_002268.html
(注2)https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement2/20180122siseihousin.html
(注3)https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html
(注4)https://ecodb.net/country/JP/imf_gdp.html
(注5)https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_boeki_tokei/im_ruinen.html
(注6)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/
(注7)https://www.meti.go.jp//policy/trade_policy/epa/investment/investment_list.html
(注8)https://www.dlri.co.jp/files/macro/193727.pdf
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