兄姉の仕事だった子守り【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第267回2023年11月30日

その昔の農家の子どもたち、そのうち幼い弟妹がいる子どもには赤児の子守りの仕事が与えられた。農村部の小学校には弟妹をおんぶしてくる子どももいた。学校も赤ん坊をつれてくるのを許していた。私が学校に入る頃にはそんな子どもは少なくなっていたが、それでも高等科(小学校六年を卒業した後さらに二年間教育する課程)に毎日子どもをおんぶしてくる女子生徒がいた。
どこの家でも兄弟が多く、しかも農家には専業主婦として幼児のめんどうを見ることのできる母親などはいなかった。働けるものはすべて田畑で働いており、赤ん坊のめんどうをまともに見ることのできる大人などいない。家事を中心にしている祖母がいれば世話をしてやれるのでいいが、いなければ兄姉が学校に連れて行かなければならなくなるのである。たとえ祖母がいても、赤ん坊の世話にかかりっきりになるわけにはいかない。大家族の食事、洗濯等々あらゆる家事労働をしなければならないし、屋敷畑での作業もあるからである。いつまでも赤ん坊を「えずこ」(乳児を入れておくためにわらで編んだ丸いかごで、東北地方で使われたもの、地域により呼び方が若干異なるが、山形県庄内の民芸品「いずめこ人形」を見てもらえばどのようなものかわかろう)に入れておくわけにもいかない。
地主や金持ちは子守りに貧乏人の子どもを雇う。貧しい小作人等の女の子のなかには、小学校を卒業すると(人によっては卒業する前に)子守りとして口減らしのために住み込みで雇われるものもいた(その子守たちによって歌われたのが前に述べた「五木の子守歌」や「竹田の子守歌」だった)。
しかし普通の家ではそんなことがやれるわけはない。使えるのはその兄姉などの子どもである。それで子守りは学校に行っている兄姉の仕事となる。学校から帰ってくるのを待っていてすぐに赤ん坊をおんぶさせられる。それならまだいい、学校に子どもをおんぶさせられてくる子もいたのである。都市部にある私の小学校でも上級生の女の子に一人、子どもをおんぶして来ていた。
もちろん、歩くようになってもまだ手のかかる幼い弟妹のめんどうを見させられる。
農家の長子だった私もそうだった。小学一年から妹をおんぶさせられた。田植えや稲刈りのときは昼飯を田んぼで食べるほど忙しく、母も一日家にいないので、土日や農繁期休みになると「つつ(乳)のましぇさ(飲ませに)えってこい(行ってこい)」と祖母に言われ、まだ乳児の妹をおんぶして、田んぼに母の乳を飲ませにいった。
また、妹をおんぶするばかりでなく、歩けるようになった他の幼い弟妹をひきつれて遊びにいかなければならなかった。これが毎日の仕事だった。
近所の友だちと遊んでいるうち、おんぶひもが肩に食い込んでくる。鬼ごっこをすると、背中が重いのでよく走れず、すぐつかまってしまう。妹が泣いているときなどはかくれんぼの仲間入りはできない。泣いていなくとも笑ったり騒いだりするのですぐ見つかってしまう。おなかをすかしていたり、おしめがぬれていたりすると、いくらあやしても泣きやまない。こっちが泣きたくなってくる。
ようやく背中で眠る。ほっとして家に戻り、祖母に寝かせてもらう。そのまま寝ればいいが、ぐずって起きてしまったら悲惨である。もう一度おんぶしなければならない。うまく寝たら万歳である。軽くなった背中に押されるように外に出て、みんなとゆっくり遊ぶ。
妹は遊びにじゃまだった。ところがその妹は幼いままに死んでしまった。太平洋戦争末期のころだったが。
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