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【地域を診る】地方創生の10年を問う 持続可能性を奪う愚策 京都橘大学教授 岡田知弘氏2024年8月6日

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人々の暮らしの土台となる「地域」。各地域の再生には農業はもちろん、さまざまな地場産業、さらには行政や農協の役割と力の発揮が期待される。では、今、地域に何が置きているのか。長く地域経済を研究してきた京都橘大学の岡田知弘氏に新シリーズ「地域を診る」で課題を探ってもらう。

京都橘大学教授 岡田知弘氏京都橘大学教授 岡田知弘氏

第二次安倍晋三政権が地方創生政策を開始してから、10年を迎える。そのきっかけとなったのは日本創成会議(増田寛也座長)が2014年5月8日に発表した「増田レポート」である。同レポートは、20~30歳代の女性の人口推移を計算し、2010年を起点に40年までに50%以上減少する自治体を「消滅可能性自治体」とした。そのうえで「2040年に自治体の半数が消滅する可能性がある」とし、その市区町村リストが全国紙、地方紙、テレビで一斉に報道されて大きな衝撃を与えた。後に、増田レポートの発表のタイミングは、第31次地方制度調査会や新経済成長戦略の検討スケジュールに合わせて増田氏と菅義偉官房長官が予め調整していたものであったことが明らかになっている。

安倍首相は、2014年9月の内閣改造で石破茂氏を新設の地方創生担当大臣に据え、地方創生本部の設置や国と地方自治体の地方創生総合戦略と人口ビジョンの策定を推進していく。同年12月に策定された国の地方創生総合戦略(「まち・ひと・しごと総合戦略」)では、移住(移住希望者支援、企業移転支援、地方大学の活性化)、雇用(農業、観光、福祉)、子育て、行政の集約と拠点化(拠点都市の公共施設・サービスの集約、小さな拠点整備)、地域間の連携(拠点都市と近隣市町村の連携促進)を重点分野とし、都道府県、各市区町村にそれらに即した計画づくりと数値目標の設定を求めた。

この数値目標はKPI(重要業績評価指標)と呼ばれ、新規就農件数、移住相談件数、小さな拠点数等が例示され、その達成度に応じて国の交付金額を増減させる財政誘導つきであった。

はてさて、鳴り物入りで始まった地方創生政策の帰結は、どうだったのか。当初の国の地方創生総合戦略では、東京都への人口の一極集中と少子化をストップさせることを基本目標としていたが、現時点ではいずれも達成することができていないどころか悪化している。

このことは、本年6月10日にデジタル田園都市国家構想実現会議で配布された「地方創生10年の取組と今後の推進方向」という政府文書でも認めている。そこでは、地域によっては人口増加等がみられたものの「国全体で見たときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める必要がある」と述べているのである。

ちなみに、この実現会議には、増田氏に加えて竹中平蔵氏らも入っている。増田氏は、この文書の下敷きとなる人口戦略会議(三村明夫議長、増田寛也副議長)による新増田レポートを4月24日に発表したばかりであった。

ところが、新増田レポートの全国紙、地方紙での扱いは、前回と比べると低調であり、むしろ批判的な論調が目についた。例えば、山陰中央新報は、丸山達也島根県知事が定例記者会見で「日本全体の問題を自治体の問題であるかのようにすり替えている。アプローチの仕方が根本的に間違っている」と指摘し、「市町村単位で問題を置き換えて考えることがナンセンスだ」と厳しく批判したと報じている。

この丸山知事の指摘は、問題の本質を鋭く突いている。そもそも新旧増田
レポートとも、なぜ日本で2000年代に入り急速な少子化、人口減少問題が起きたかの構造的分析がなされず、市町村単位での20~30歳代女性の人口増減の推計値を示しているだけだからである。

新増田レポートでの処方箋は、結婚や出産、育児をめぐる社会的規範や個人の価値観の転換、そして「地方での魅力的な職場づくり、男女の役割意識の改革」といったものに留まる。

しかし、戦後日本における少子化・人口減少問題は、すでに高度経済成長期における「過疎・過密」によって、山間地域で顕在化していた。それが加速し広がったのは1980年代半ばからの経済のグローバル化と経済構造調整政策の展開による。貿易と投資の自由化によって、地方の地域経済の基盤産業であった農林水産業や地場産業が衰退する一方で、グローバル化による経済的利益は多国籍企業本社が集積する東京に集中することになった。

2000年代に入ってからの小泉構造改革の一環としての非正規労働の拡大は、大都市部における青年層の低賃金と雇用の不安定化を拡大した。他方で、市町村合併の推進と三位一体の改革、さらに第二次安倍政権の下で推進されたTPP等のメガFTAの締結によって、地域産業だけでなく公共事業や公共施設の市場開放もなされた。

とりわけ市町村合併は、能登半島地震被災地自治体のように、地方公務員の数を3割以上減少させることなり、地方における働く機会、定住条件、さらに国土の保全機能を大きく崩すことになったのである。この傾向は、コロナ禍を経て、一層顕著になっている。

以上のような国による従前の構造改革政策の根本的転換なしに、対症療法的施策を場当たり的に繰り出しても、日本の経済社会の再生の基盤をなす地域経済や社会の再生、維持は極めて難しいといえよう。農村では、何よりも基盤産業となる農林漁業の再生を、他の地域産業と複合化しながら進め、若者が生活できるように、食料自給率の向上と農家所得の安定、地域社会と国土の持続性を自治体が保障できる抜本的な改革が求められている。

実は、このような厳しい環境のなかでも、地方創生政策以前から、岡山県奈義町、島根県海士町、宮崎県綾町のように人口を増やしたり維持したりしている小規模自治体があることに大いに注目すべきである。そこでは、人口を増やすことに優先目標を置いてはいない。たとえ人口が減少したとしても住民の幸福度をいかに高めるかということに目標を置き、自治体関係者と住民が主体的に学び、住民自治を実践していることがもっとも注目すべき点である。数値目標と効率性の追求が人々と組織を疲弊させ、地域社会の持続可能性を奪ってきたことを深く反省する必要があろう。

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