イナゴ、ツブ、秋野菜の漬け物【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第357回2025年9月25日

前回紹介した山形内陸人、雑草などの野生植物まで食べるのだから、野生の動物を食べるのは当然である。
イナゴ、ツブ(タニシ)などはその典型例だ。海がなく、魚の恩恵に預かることの少ない内陸部にとっては良質の蛋白源である。ただし長野や群馬のようにハチノコは食べない。だから私はハチノコは食べられない。あの姿を見ただけで食べられなくなる。そういうと、イナゴを食べない西日本の人たちからイナゴなどという虫を食べる人が何をいうかと言われる。しかし食べる習慣がないとこうなってしまう。なぜ山形ではハチノコを食べなかったのだろう。そもそもクロスズメバチはいなかったからではないのか。少なくとも私は土のなかに巣をつくるハチなど見たことがない。もしもいたなら雑食性の内陸人は食べないでいられなかっただろう。
なお、普通はイナゴを醤油や砂糖を加えて甘辛く煮付けるのだが、その際長い前脚は取る。食べにくいからである。しかし、わが家の近くではそのまま食べる。私などはカリカリして好きなのだが(カルシュウム分もあるはずだなどと言っているが、ケチなだけなのだろう)。
野生動物ではないが、蚕(注)のさなぎを人間が食べることもあったらしい。繭から糸をとり終わった後に蚕のさなぎが残滓物として出るが、これは庭の池の鯉のいいエサとなる。これを炒めて人間が食べるのである。とくに凶作の年などには焼いて食べたらしい。幼い頃食べたものだった、脂っこくてうまかったと父から聞いたことがあるが、私は食べたことがない。
山形では、他の地方であまり見られない青菜(せいさい)、芭蕉菜(ばしょな)を食べる。白菜や大根と同じアブラナ科に属するが、ともにカラシナの系統で、青菜はその名の通り青々とし、芭蕉菜(仙台や岩手の一部でも栽培されているとのことだが、私は見たことがない)は芭蕉のように葉っぱが広くて大きく、ともに辛みの強い野菜である。これは漬け物にする。
「青菜漬け(せいさいづけ)」の場合は、最初は青菜という字にふさわしいきれいな青緑色でその強い辛みが何ともいえずおいしい。やがて日にちが経つと色が変わり、最後には鼈甲(べっこう)色になり、その色の変化とともに辛味がなくなって酸味が出てくる。この味の変化がまた楽しい。
それから、青菜(せいさい)の葉を干して細かく刻み、干した大根をぶっ切りにし、それを混ぜていっしょに塩で漬ける「おみ漬け」がある。漬けたばかりで葉が緑色のうちのおみ漬けは青菜と大根のそれぞれの辛味がまじって本当にうまい。
近江商人が山形を行商するときこの漬け物をおかずにしようと商売物といっしょに長い間背負って歩いた、そのうちに色が変わったが、それも彼らは食べた、山形人も食べてみたらうまかった、それで「近江漬け(おみづけ)」と呼んでそれも食べるようになった、という話があるが、漬けてから時間が経ち、茶色味がかって少し酸味が出てきたこのおみ漬けの味はこれまたうまい。京の漬け物「すぐき」の味はこれに似ている。
大根漬け、白菜漬けはもちろん大量に漬ける。
秋も深まった頃、農家ばかりでなくどこの家でも長い冬に備えた漬け物漬けが始まる。女性は一斉に外に出て小川や井戸の水で野菜を洗う。その水の冷たさで手は真っ赤になる。洗えども洗えども終わらない。小春日和のような日にあたれば幸いだが、身を切るような冷たい空気の中では身体が芯から冷える。洗ったらそれを縄に吊して干す。これは男の仕事だが、干し終わってからの青菜や大根の刻み方と漬け方、大根漬け・白菜漬けの漬け方はまた女性の仕事になる。その辛さ、大変さを家内は嫁に来て知ったから漬物の時期になると必ず山形の私の生家に仙台から手伝いに行ったものだった。
ともかく大家族の必要とする一冬の漬け物を漬けなければならないのだから大変だった。しかも雪に閉じこめられる冬は野菜がないのでおかずとしての漬け物の量は多くならざるを得ない。もちろん小屋の地下に掘った室(むろ)もしくは雪の中に野菜を貯蔵するが、大根やジャガイモ、ニンジンなどが中心で生鮮野菜はほとんどないから、漬け物が多くならざるを得ないのである。だから飽きないようにするためなのか、さまざまな栄養分をとるためなのかわからないが、ともかく漬け物の種類は多い。
山形を舞台にしたNHKの朝ドラ『いちばん星』(1977年)の主人公佐藤千夜子役を勤めた女優の高瀬春菜さんが、インタビューのなかで山形ロケで食べておいしかったものはと聞かれ、
「漬け物です」、
その後に続けた言葉がいい、
「冷たいんですよねえ」、
そうなのである、暖かいご飯に真冬の冷たさの浸みた漬物、まさに名言、もうこれに付け加える言葉はない。
春近くになると、気温が高くなるので青菜漬けや白菜漬けは腐ってしまう危険性が出てくる。するとそれを刻んでお湯で煮て塩出しをし、それにさつま揚げや油揚げを刻んで入れてあるいは潰した大豆を入れて油で炒め、それをまた煮る。これを「くきなに」(「茎菜煮」と書くのだろうと思う)と言うが、けっこううまい。ただし、煮ているときの最初はいやな臭いがするのが欠点である。
その頃になると、身体が青々とした野菜を求めるようになる。それで野菜よりも早く食べられる春の野草を、待ってましたとばかりに採って食べる。
それからもっとも早い野菜として、クギダヅ(茎立)や五月菜などのアブラナ科植物が食卓に並び、そのほろ苦さでも春を実感する。
それにしても、食べられなくなる直前の漬け物を煮て食べるなどというのは、やはり山形は変わっていると言われてもしかたがないだろう。
最近は青菜(せいさい)漬けやおみ漬けが隣県の仙台のデパートなどでも売られるようになった。本来の味と若干違うのが残念だが、ともかく青菜を山形人ばかりでなく多くの人が食べるようになった。菊の花やオカヒジキも今は普通に食べられている。その点では山形人は変わり者でなくなりつつあるのかもしれない。
(注)
1.10年12月6日掲載・本稿第一部「貧しい食と厳しい労働(1) ☆米を食べられない村」参照
2.日本の養蚕については、その盛衰を本稿の第238回(23年5月1日掲載)「戦前の日本経済を支えた養蚕」から第246回(23年7月6日掲載)「桑の木は残った(?)」の10回 にわたって掲載・解説しているので参照されたい。
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